見出し画像

おかんと、虫の熾烈な戦い

 それは私がまだ中学生だった時のこと。

 いつになく帰ってくるのが遅いな~と思っていたら

「ごめんごめん! 駐車場で話し込んでてさ!」

と、謝りながらパートから帰ってきたおかんが、着ていたパーカーをリビングのフックに引っかけた。

そのパーカーは、私のお下がりで(小六でおかんの身長を抜いてしまったもので……)、白地にちょっとゴスロリっぽい蝶の絵柄が入ってるものだったのだけど……

「なあ、おかん、そのパーカーの背中にそんなでっかいチョウの柄あったっけ?」
「え?」

とおかんが言うが早いか蝶柄だと思っていたものが突然、飛び立ち、一瞬にしてその場は修羅と化した。


そいつぁはなんと

両手サイズのモスラのような

巨大な蛾だったのだ……


 当時、ほぼ母子家庭状態だった我が家には男手がなかったため、たぶんおかんが退治してくれたんだろうと思われる。(びっくりしすぎて記憶飛んでる。)

モスラと円満にお別れを告げたおかんは

「いや~、駐車場の電灯の下で話し込んでて、ふっと何か飛んできたから手で払ったつもりやったんやけど、まさか背中に貼り付いてたとは……」

と、ケロッと語った。

いや、何が一番恐ろしいって

モスラを背負ったまま30分近くも気がつくことなく運転してたってところだよ……!

下手したら押し潰してた可能性もあったわけで……危うく、ピョン吉ならぬ、モスラパーカーになるところだったのかと思うと、ゾッとした。


 それから数年後--

ある夜、おかんの雄叫びが聞こえたため、自室からリビングに行くと

「巨大な蜘蛛がおる…!!」

と指差した先には、いわゆる軍曹さんと呼ばれる巨大蜘蛛がいた。

その頃も確か二人暮らしだったため、おかんがなんとかトイレまで軍曹さんを追い込み、おかんの秘技でもある忍法燻製にんぽうくんせいじゅつを使った。(「忍法燻製の術」とは、密室に虫を閉じ込め、虫避け線香で一晩かけてじわじわと追い込むという、地味ながらも残虐な手法のことだ。おかん曰く、叩き潰すことで体液や卵などが漏れ出たら嫌だから、穏便に対処するためだそうだが、よくよく考えるとなかなかえぐい。)


 しかし、その数日後の夜、またしてもおかんの雄叫びが聞こえてきた。

「つ、つがいや~!!」


どうやら軍曹さん、忍法燻製の術で多少弱ったもののまだご存命で、その上まさかのパートナーがいたらしく(私よりやり手やん)、ダイニングのカーテンと壁に二匹、仲良く現れた。(我が家に旅行に来たのかしら?)

壁を伝い歩く軍曹さんや、カーテンのひだに隠れた軍曹さんがいる場所に狙いを定め、二人で丸めた新聞紙やハエ叩きを使ってなんとか退治しよう(軽く叩いてダメージを与え、外へ逃がそう)と試みたのだが……

軍曹さんも命の危機を感じたんだろうな。
(一匹は既に一回、燻されてるからね。)

ものすごい勢いでこっちに迫ってきて、私は即座にその場から距離を取ったのだけれど、パニックになったおかんは身動きが取れず、土下座のようにひれ伏してしまい

その上を軍曹さんがゆっくりと渡り歩いていったのである。


いや~おかんには申し訳ないけど、めちゃくちゃ笑った。そして、ちょっと感動した。

あんなに優雅に、人の背中を渡る軍曹さんを今まで見たことなかったから。(何なら「つがいや~!」の時点でもう笑い堪えてた。迷言すぎて。だって一生のうちに「つがい」で叫べることなんて、そうなくない?

その時のおかんは、背中の上で何かが通り過ぎるのを、ただひたすら感じていたらしい。


その後、平静を取り戻したおかんに

「なんでひれ伏したん?」

と聞いたら、

「とにかく身を守らねば! と思った結果、身体を丸めるしかなかった」

とのこと。

私から見たら神に祈りを捧げて、軍曹さんを追い払おうとしてるようにしか見えんかったけども。

最終的にどう対処したのかは忘れたけど、たぶん「忍法吸い込みの術」(要するに掃除機で吸う)で決着がついたような気がする🤔🤔

 
 そういえば、ゴキさんは女性の甲高い声に反応して、自分が飛べることに気づいて飛び立つ恐れがあるらしいので、見つけてもあまり騒がない方がいいと聞いたことがある。(よくよく調べてみると、どうやら声に反応してるわけではなく、空気の振動を察知する能力が高いらしい。)

 私は虫を直接触ることは出来ないけど、そこまでビビりでもなく、通学路で「何か白いロープ落ちてる~」と思ったらシロヘビで、ヤツが目の前を横断するのを見守っていたことがある。(雨が降った数日後に川から流れてきたヘビが出没する、田舎あるある。)

 これまた、通学路の側溝でひっくり返っていたモグラを、友達と一緒に木の棒でつんつくつんしたこともある。(顔は愛らしいけど、意外と爪の形が恐ろしかった!)

 そして、職場の窓ガラスに血が飛び散っていたことがあり、「こんなに田舎で射殺事件?!」と、恐る恐る周りを伺ったら足元で小鳥がお亡くなりになっていたことも……(これに関してはどっちかというと、違う意味でドキッとした。)

 そんな私なので、父が出張でいない間に、父の部屋でゴキさんと遭遇した時には(何なら、ちょっとゴキさんと目が合って、お互い「やべっ!」って心の声が聞こえた気がする。どこで共鳴しよんねん! って話だけど)極力叫ばず、虫除けスプレーを片手にしばし追いかけ回したこともある。

まあ、みなさんもよくご存知のように、相手もかなり俊敏で。

「期限切れてるけど、一応効果あるかな?」とゴキブリホイホイを設置し、父の部屋を密室(おかん譲りの秘技である)にして、一晩明けたら、ちゃんとゴキさんインしてた。(追いかけ回すより中を覗く方が、ドキドキしたな……けど、それと同時にホイホイの効果に感動した。)

 そして、実は私、一回だけゴキさんとキスしたことがある……

というのも、家で淹れたお茶をペットボトルに入れたものを飲もうとしたら、そこにゴキさんが入り込んでいたらしく、何の気なしに飲んだらゴキさんと……そのまあ、うん……軽くね……触れたよね……

でも接触事故だよ! アレは!(なんだ、この少女漫画のようなノリは。)(とりあえずノーカウントで。)

 あと寝てる時に、ふわっと顔の上に手のひらを乗せられた感覚があって手で払いのけたんだけど、あれも軍曹さんが私の顔面を通り抜けただけな気がする。

まあ、そこは知らぬが仏ってことで。

 おかんの虫の撃退能力を着実に受け継いでいってるな、としみじみ感じた話である。


《おしまい》

この記事が参加している募集

やってみた

最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。よろしければ、サポートいただけますと大変うれしいです。いただいたサポートは今後の創作活動に使わせていただきます!