見出し画像

詩小説 『そのまんまでいいんだよ』 #シロクマ文芸部

 読む時間
 それはきっと空気を読む時間。

 そう思いながら
 私はこの広くて狭い世界を生きてきた。


 でも向かいに座って
 サンドイッチを噛っているレイナに話すと

 「え? 空気って読むの?
 吸うんじゃなくて?」

 と きょとんとされて
 私まできょとんとなった。

 「KYケーワイって言葉知らない?」
 「何それ? 誰のイニシャル?」

 今度は私がきょとんとなり
 レイナがきょとんとなった。

 「それって知らないとマズいやつ?」

 と急に顔色を曇らせる彼女に
 ふふっとなりかけながら思い出す。

 帰国子女だということに。


 両親も日本人だから
 日本の文化を全く知らないわけではない。

 
 それでも私が何の疑問を抱くこともなく
 当たり前のように受け入れてきたことを

 「体育のさ “右へーならえ!”って何?
 休めって指示されるのも意味不明だし
 あの体勢で休める人いる?

 休むなら自分の好きなタイミングで
 さっさと座らせてほしいんだけど!」

 ズバッと言い切るレイナが清々しい。


 その度に私はそんな彼女の価値観に
 いつも驚きと感動を覚える。


 だって私はいつも
 右にならって生きてきたから。

 世界中の争いごとが
 丸く収まるのは難しくとも

 私の半径1.5メートルくらいは
 平和になる気がしたから。

 私が両手を広げて手に当たる部分の人は
 せめて救えるんじゃないかと思ったから。

 その結果 私はグループから
 ハブられてしまったのだけれど
 そんなときに声をかけてくれたのが
 レイナだった。

  
 「なんでレイナは私に話しかけてきたの?」
 「それは右にならったからだよ」
 「さっきまで“右へならえ”に
 文句つけてたくせによく言うよ」
 「へへっ、バレたか!
 でもイチカは自分が思うほど
 右にならってないんだよ」


 そう、なのかな?

 自分ではむしろ
 “郷に入っては郷に従え”タイプだと
 思っていたのだけれど

 ハブかれてしまったってことは
 私にも右にならってない部分が
 あったのかもしれない。

 「例えばイチカはグループで
 トイレに誘われても行かないでしょ?」
 「それは……トイレが遠い方だからね」

 トイレに行かなくても平気なのに
 わざわざ付き合って行列を作りたくない。

 それぐらいの理由だ。

 「えっ? トイレにも
 遠い・近いとかもあんの?」
 「んーと……物理的な距離というより
 トイレに行く頻度が少ないってこと」
 「なんじゃい、その言葉! ややこし!」

 と レイナは大口を開けて笑う。


 そうやって素直に感情を表すところも
 彼女の魅力だな としみじみ思う。

 「あとイチカは人の悪口が始まると
 しれっと他の話題に切り替えるよね」
 「んー、それは聞いてても
 あんまりいい気持ちしないからね。
 その人を好ましく思ってる人も
 中にはいるかもしれないから
 極力避けたいかなって」


 そういう些細なことの積み重ねが
 ノリが悪いだとか八方美人だとかと
 受け取られてしまったのかも
 なんて今になって思ってみたり。


 「ほこだよ、ほこ!」

 レイナは私の話が長そうな瞬間を見極め
 サンドイッチを口いっぱいに入れたまま
 喋ろうとする。

 だから私は手元のコーラをスッと勧める。

 「んん、ありがと!」

 彼女の言動はKYケーワイというより
 自由に近い気がする。

 「で、そこって?」
 「だから私はそんなイチカを
 見習おうと思ったわけよ」
 「え? 私を?」

 私に見習うべきところがあるとは思えず
 つい聞き返す。

 「私は日本での
 学校生活の経験値ゼロだから。
 イチから習おうと思って」
 「ただのダジャレじゃん、それ」

 変に身構えた自分が急に恥ずかしくなる。

 「いや本当なんだってば!
 どこの国でも悪いことを真似る人や
 その人にくっついて回る人はいるよ。
 でもイチカはそうじゃない。
 ちゃんと自分の線を引いて
 そこは越えないように気をつけてる」
 「そうかな、私はレイナの方が
 ちゃんと自分を持ってて
 いつもフラットに感じるけど」

 明らかにハブられた人に
 物怖じせず話しかけるのは
 なかなか勇気のいることだ。

 「だからだよ」
 「どういうこと?」
 「KYケーワイ? だっけ? そうならないように
 多少は空気を読めるようになりたい。
 その空気? がまだわかんないけどさ」

 無理に読まなくてもいいのに
 と心の中では思うけれど

 結局空気を読めてなかった
 私に口出しする権利もない気がした。


 「わかった。
 じゃあ私はレイナから例を学ぶよ」
 「例?私に学ぶようなところある?」
 「あるよ、たっくさん!」

 自由気ままっぽいのに
 本当は周りをよく見ていて

 照れくさくなるような
 褒め言葉もサラッと言えて
 
 意外と真面目なところや
 自分を客観視できるところもありながら

 ネガティブになることなく
 カラッと晴れやかな雰囲気のおかげで

 相手にも気を遣わせない空気感を
 常に放っている。


 本人に自覚はないんだろうけど
 自然にそんな空気感をまとえるのは
 ある種の才能だとすら思える。
 

 「じゃお互いにAKYエーケーワイを目指そうよ」
 「何それ! アイドルでも目指す気?
 それとも“ええKYケーワイ”ってこと?」
 「ま、そんな感じかな」
 「もう、イチカってば
 私にわかんない言葉ばっか使って!」

 と レイナはプリプリと怒る。

 感情豊かな彼女に
 今度は思いっきり噴き出してしまう。

 
 「なんで笑うのよー!」
 「ごめん、ごめん!」
 「ごめんって言いながら
 笑ってんじゃんか! もう!」


 でもそれでいいんだよ。
 レイナはレイナのままでいい。

 無理に空気を読まなくても
 自分のタイミングで胸一杯空気が吸える

 そんな世界になればいい。

 なんて柄にもなく
 広い世界に思いを馳せたのは

 右にならわなくても大丈夫だと
 レイナが体現してくれているからかもね。

 


 毎度のことながらギリギリです。本当はもうひとつくらい書きたかったけど、災難続きでそれどころではなく……

 私の通ってた中高は体育系の学科があったので(私が入った頃にちょうどなくなった感じかな🤔?)普通の体育でも「右へならえ!」などの練習が結構厳しくて……(ラジオ体操の補講とかもあった。)

もちろん、隊列のおかげで緊急時に点呼を取るのに役立つとも重々わかっているのですが(私は背が高い順で並ぶと『1!』って言わないといけないのが緊張したなあ……)、謎の反発心というか、画一化されたものを時にはぶっ壊してみてもいいんじゃない? と思い、レイナを通じて代弁してもらいました。

 ゼロと聞くと何もないように思えるけど、私からしたらマイナスとプラスの真ん中って感じで、今後レイナとイチカでプラスに進むこともあれば、マイナスになることもありながらも、二人でいい空気を作ってほしいな、なあんて思ったのでした。

 書く時間もよかったらどうぞ~🙋

この記事が参加している募集

スキしてみて

やってみた

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。よろしければ、サポートいただけますと大変うれしいです。いただいたサポートは今後の創作活動に使わせていただきます!