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舞台『夏の砂の上』を観た

世田谷パブリックシアターでの公演、『夏の砂の上』を観た。


<あらすじ>HPより引用

ある地方都市、坂のある街。
坂にへばりつく家々は、港を臨む。
港には錆びついた造船所。
夏の日。

造船所の職を失い、妻・恵子に捨てられた小浦治のもとに、家を出た恵子が現れる。恵子は4歳で亡くなった息子の位牌を引き取りに訪れたのだが、治は薄々、元同僚と恵子の関係に気づいていた。
その時、治の妹・阿佐子が16歳の娘・優子と共に東京からやってくる。阿佐子は借金返済のため福岡でスナックを開くと言い、治に優子を押し付けるように預けて出て行ってしまう。
治と優子の同居生活が始まる。

作:松田正隆
演出:栗山民也

出演:
田中圭(小浦治 )、西田尚美(小浦恵子)、山田杏奈(川上優子)
尾上寛之 松岡依都美 粕谷吉洋 深谷美歩 三村和敬

<感想>
何も起きないのに何かが心に残る、不思議な作品だった。

主人公の治は職を失い、自分で積極的に何かをしようとしない男。
子どもを事故で亡くし、職を失い、妻にも去られる。
ひとりだ。
でも、治はその不幸を嘆くわけでもない。ただ淡々と受け入れている。

仕事が無くても仕方がない。
妻が去っても仕方がない。
水が足りなくても仕方がない。
妹に姪の世話を押し付けられても仕方がない。

幸せを掴もうと手を伸ばすことをしない。一ミリもそこから動かない。
ただ座って蝉の声を聞き、扇風機の風を受けて日々をやり過ごしている。

一方、治の妻は、まだ人生を諦めていない。
治とは違う。
子どもを亡くし、生活に疲れているけれど生きることへの執着がある。
どん詰まりの治と別れ、新しい冷蔵庫を手に入れ、新しい場所で暮らそうと、一歩踏み出そうとしている。
そして亡くした子どもへの思いを消化し、次へ進むだけの生きる力がある。

もう一人、治の姪の優子は自分の人生を切り開くこともできない子ども。
大人の都合に振り回されている。でも自分が不幸とか、そういう感じではない。気持ちのままに生きている。
それが若さゆえなのか。それとも優子の持つ強さなのか。
優子の言動からは、生きることへの欲望を感じる。

この作品は、水に関することがテーマの一つなのだろうと思う。
治と恵子の息子は、雨の中外に出て、水の事故で亡くなる。
その後の治と恵子は乾いた関係だった。それに耐えられなくなった恵子は、乾いた心を潤すために外の世界に行く。
息子の位牌を治の元に返してまで向かった新しい世界で恵子の心は満たされるのかどうか、それは分からないけれども、彼女は自分の意思で乾いた世界から抜け出してていった。

一方の治。
暑い長崎で、乾いたその町で生きていた治は、優子の存在によって一瞬、その乾きが癒されたのかもしれない。
日常に紛れ込んだ異分子。
治が優子の存在によって変わったようには思えなかったが、治の周りは時間が経つにつれて少しずつ変わって行く。
妻の恵子は、治の元同僚と共に町を出た。

治だけがそのままだ。
でも、そこには優子がいた。
治と優子、二人が雨水を嬉しそうに飲む場面がとても印象的だった。
治の乾きが解消され、唯一治と優子の心が通じたように見えるシーンだった。
もしかしたら、どん詰まりの治の人生が変わっていくのでは、と少し期待してしまうような場面だった。

しかし、結局何も変わらなかった。
その後優子は母である治の妹に連れられて治の元を離れていく。
そして、治の人生はまた乾いたものとなるのだ。

優子の存在は、夏の砂の上に落とされた水のような存在だったのだろうか。
乾いた砂の上からはすぐに消えてしまうような、治にとって優子はそんな存在だったのだろうか。


優子が去った後に残ったのは、優子のかぶっていた麦わら帽子だけ、治の人生は変わらない、そんな結末だったように思う。
とても味わい深く、心に残る舞台だった。

以下役者さんの感想を少し。
田中圭さんの治は、とても新鮮だった。映画やドラマだと感情がダイレクトに伝わるような役柄の記憶が多いが、この治は非常に抑えた演技で、感情の起伏が少ない、何も望まない、治を見事に演じていた。
小さな声でも劇場の後部まで声を届かせ、感情の起伏が少ない治を体を使わずに体を使って(ややこしいけど)表現しており、本当に素晴らしかった。
舞台の上には治という人物がただ存在しているように見えた。
ただ、見栄えが良すぎるのが難点かもしれない。
背が高く、体がきれいすぎるのだ。
そのため、この治とのミスマッチを感じてしまうこともあった。
ただ、時間が経って思い出してみると、もしかしたらこのミスマッチ感があるからこそ、この物語や治という人物に普遍性を持たせられるのかもしれないとも感じた。

山田杏奈さんの優子。
彼女のことは『17才の帝国』(NHKドラマ, 2022) で初めて見たのだが、その透明感と少女ならではの危うさがとても魅力的な女優さんだと思っていた。また、彼女の大きな茶色い目から涙がこぼれるシーンが記憶に残っており、演技力も確かな女優さんだと感じていた。
そんな彼女の初舞台とのことだが、堂々と演じていたと思う。
ただ、大学生の立山との関係がちょっとわかりにくかった。優子はちょっと魔性なところがあって、立山が付いていけなくなったのか、それとも???

そして、できれば治や優子の息遣いが感じられるような小さな舞台で見てみたかった。そうすれば、もっと役者さんの生身の力を感じることができたと思う。

最後に
とても静かな舞台だった。大きな事件が起きるわけでもなく、小さな町で生きている人々の閉塞感、長崎の暑さ、人間のどうしようもなさがぎゅっと詰まったような舞台だった。
観た後にすっきりすることはないけれど、ずっと心に残る作品。
2022年の秋にこの作品に出会えて良かったと思っています。

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