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なぜ今「アート」なのか 不確実性の時代にミライを描く

このところ、「アート」を目にする機会が増えた。

「アート」を冠した社会人向けセミナーが、企業や大学で乱立している。また、おおきな美術館や話題の展示の来場者数は、世界的に増加傾向にある。ルーヴル美術館が過去最高の来場者数を記録したのも、つい去年の話だ。(一方ちいさな文化施設は予算削減の対象になっているという課題もある。)あるいは地方創成の視点においても、「アート」と起点とする取り組みが増え、成果をだしている。さらには斜陽の出版界においても、2年前に流行った新書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」 』をはじめ、「アート」関連本は勢いがある。

なぜ、今「アート」が取り沙汰されるのか。単に一過性のブームではなく、あるいはそうであったとしても、きっと何らかの時代的な意味があるはずだ。たとえばタピオカがもてはやされるためには、タピオカ・流行らせる人・流行に乗る人だけでなく、タピオカを求める時代性があろう。
なんだか手垢のついてしまったような「アート」ブームに想いを馳せモヤモヤしていたところ、先週、超絶興味のあるセミナーが開催された。

「不確実性の時代にアート思考をどう活かすか」

週始めの平日夜、しかも冷たい春の雨模様ながら、セミナーは超満席でスタート。人々の関心の高さが伺える。
uni'que代表の若宮和男さんをモデレーターとし、「アート」寄りの立場としてメディアアーティストの市原えつこさん、「ビジネス」側の視点として資生堂の研究推進部R&D企画グループの中西裕子さんをゲストに迎え、それぞれの見地から、数々のユニークな話が聞けた。
全体の内容については、こちらで詳しくレポートされている。

なぜ今「アート」なのか?


私のかねてよりの疑問は、序盤の「アート思考」に関する説明によって、スルリとほどけた。
「アート思考」とは矛盾をはらむ言葉だが、と前置きした上で、若宮さんは言う。予測可能性が高い時代には、課題を解決する「ロジカル思考」、人間の五感を含めて課題を解決する「デザイン思考」が通用した。しかし、不確実性の高まりとともに、課題から出発するのではなく、ユニークな価値を産み出す手法が求められるようになった。これが「アート思考」の背景、と。
一方、“不確実性の高まり”はここ数十年の話であって、もっと長い目で見れば、割と確実な時代にさしかかっているのではないかという考え方もあろう。『ホモ・デウス』の著者ハラリ氏は、人類は、戦争・飢餓・疫病といった諸問題を克服しつつあり、AIやバイオテクノロジーなどの技術革新とともに、新しい時代にさしかかったと指摘する。
結局、どうあるかということより、どのように人々が解釈するかが物事を決めるのだろう。資本主義以来の論理が通じなくなったため、資本主義を信じてきた人々は不安になり、何か頼るものを求め始めた。でも、かつてのその役割を果たしていた「宗教」の存在は薄れている。「文化」も衰退してしまった。だから、改めて我々の根底にあった「アート」なるものが必要とされているのかもしれない。

「アート」は万能ではない、毒にもなる


若宮さんの指摘が突き刺さる。私自身、最近、「アート」が文字通り毒となる出来事を経験したからだ。
藝大で「福祉×アート」を学んでいたとき、複数の施設の協力のもと、福祉現場でいくつかの「アート」を試みた。沢山のおもしろい関係性が生まれた一方、アートの権威主義とアーティストの横暴さ(アーティストは横暴であって良いと個人的には思っているだが)によって、福祉の現場を踏みにじり、当事者を傷つけてしまう事例があった。「私たちは、アートを信用していない」。車椅子の彼女の言葉が、今も胸に鋭く突き刺さる。
ビジネスにおいても同様で、「アート思考」が上手くいく場面は限られていると、ゲスト2人は話す。物事のフェーズによって、使い分けられるセンスと知識が必要になるそうだ。
もっとも、「アート」も「ビジネス」も人間が価値付け・意味付けをするものであり、ともに権威主義的な出自から考えると、合性は良いのではないか。多くのビジネスにとって「アート思考」は程よい毒になる気がする。おそらくこの動きは、中世「アート」が社会の上層部で花開いていったように、現代ビジネスにおいても上の方から広がっていくのだろう。

ロジカル、デザイン、アート。次の時代は?


セミナーの中でも触れられたが、「〇〇思考」には流行り廃りがある。ロジカル、デザイン、と来て、アートだ。では次はなんだろうか?予想は難しい。なぜなら、時代はいつだって、「不確実」だから。
なので私の個人的予想なのだが、次の時代には、「アート」の背景にもあ、文化や宗教、物語といった、ともすれば原始的ともとれる概念が、改めて花開くのではないか。そのとき、自分はどのようにかかわれるだろうか。
これらの「〇〇思考」は、上書き保存されることもなく、アップデートされる訳でもない。繰り返す歴史の中で、「アート」を手にした人類が、その先にどんなミライを描くのか楽しみだ。

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