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【その後の藝大生ー「プロ」にならなかった人達】第1回 先端芸術表現科卒 森下さん

【インタビュー企画「その後の藝大生」】
東京藝術大学。日本最高峰の芸術系大学。しかしその藝大を出ても大半はプロになれない。この企画は藝大は出たがプロにならなかった(または、なれなかった)人に、元藝大生が話を聞くというものです。 聞き手:遠藤直幸

【第1回 先端芸術表現科卒 森下さん(仮名)】
九州の生まれで幼少時から絵やものづくりに興味を持ち、学年があがるにつれ熱心に取り組むようになった森下さん。長い浪人時代を経て藝大に合格され、卒業後は普通に働かれた後に現在はアルバイトとの事です。「人生いつも詰んでます」と仰る森下さん。幼少期から藝大、そして30代の現在のお話を伺いました。

1、幼少~学生時代「美術部に入ったんですけど部員が私だけでした」

———子どもの頃から絵を描かれていたんですか?

森下 小さい頃から絵を描いたり物を作ったりすることがすごく好きでした。家で静かに絵を描いてると、いい子にしてたねって褒められることも多かったので。

———誰かに言われるともなく自発的だったんですね。

森下 そうですね。小学校の図工も好きでした。周りからも絵がうまいねって言われたり絵画コンクールで賞をもらったりもしました。

———学年があがると本格的になっていくんですか?

森下 絵を描く将来を意識しだしたのは中学ぐらいでした。担任の先生が美術の先生で、私が変な作品を作っても面白いねって言ってくれたり、進路相談で絵の話を聞いてくれたりしましたね。

———良い先生ですね。部活はやはり美術部でしょうか?

森下 それが中学では文化部はダメ人間がいくところみたいなノリがあって…(笑)。それで運動部にいたんですけど「なんで嫌いでもない人と戦わなくちゃいけなんだろう」とか思ってましたね。

———(笑)

森下 高校からは美術部に入ったんですけど部員が私だけでしたね。たまに来る顧問の先生から油絵を教えてもらってました。地元の展覧会にも出展してました。

———当時はどんな絵を描いていたんですか。

森下 工事現場とか荒れた廃墟みたいな…(笑)。すさんでるんですよ。

———(笑)それでも美術部は楽しかったですか?

森下 すごい熱中してました。早く部活の時間にならないかなって。夏休みとかも美術予備校の講習会に参加してましたし。

———じゃあ自然と藝大を意識するようになっていった?

森下 そうですね。芸術系の大学で油絵を学びたいって思ってました。でも親から経済的な余裕がないと言われてしまって…。

———そうなんですね…。

森下 一旦就職したんです。でも会社がすぐに倒産してしまって。その時に「普通に働いていれば安定した生活が得られるっていう保証はないんだな」って思って。それだったら自分の好きなことをやった方がいいんじゃないかなって思ったんです。

2、予備校時代「もっとバイト減らせ、って言われてました」

美術予備校では藝大への合格実績が大きな広告材料となる

———それから藝大の油絵科を目指して上京されるんですよね。

森下 はい。でも、お金がなくて家賃3万円の風呂なしアパートに住んでました。美術予備校だけで年50万はかかるので。お風呂は最悪公園とか(笑)。アトリエなんかないのでアパートにブルーシート張ってました。

———(笑)それでも将来を夢見ての生活ではあるんですよね。

森下 うーん、バイトを掛け持ちしてて。8時から17時までバイトして、夜予備校行って、帰ってきて寝れるのが2時とかでした。

———ハードですね。

森下 バイトばかりで集中できないんですよね。予備校の先生から「もっとバイト減らせ」って言われてました。

———とは言っても生活のためには仕方ないですよね。

森下 でも今考えると浪人長引いた原因はそれだなって。4浪ぐらいのときにストレスで体調を崩してしまって。絵も描けなくなって、1年間何もできなくて。

———そこからまた頑張り始めるきっかけとかあったんですか?

森下 高校時代に偶然みた現代美術が頭の片隅にあって。身体表現とかパフォーマンスの展示だったんですけど。それでふと「現代美術なら何をやってもいいんじゃないか」って思ったんです。今までの苦しんだ経験を表現できるはずだと思って。「これだ」って。

———やる気を取り戻された?

森下 切り替えたあとに爆発的にモチベーションが上がって(笑)。今までは受かりそうな絵を描いていたんです。人の真似みたいな。でも先端(注)に志望を変えてから、自分と作品が繋がるような感じがしていました。
(注…先端芸術表現科。現代美術や多様な表現方法を研究する学科)

3、藝大時代「合格すれば自信がついて良い人生になるんじゃないかって。でも幻想でしたね」

「東京」藝大ではあるが、先端のキャンパスは茨城県にある

———合格して嬉しかったですか?

森下 嬉しかったです。浪人が長かったので号泣しました。

———少し聞きにくいんですが、そもそも藝大にこだわらなくても他の美大もあります。どうして藝大だったんでしょうか?

森下 学費とかもありますけど、自分の行きたいと思う大学に入って自信をつけたかったんですね。藝大に合格すれば自信がついて良い人生になるんじゃないかって。でも幻想でしたね(笑)。

———いや、同じ元藝大生としてすごく気持ち分かります(笑)。先端での同級生は森下さんと同じように浪人生が多いんでしょうか?

森下 先端は一学年25人くらいなんですけど、半数以上は現役生でしたね。

———雰囲気ってどんな感じですか?個性的な学生が多かったりとか、ライバル心が強くてギスギスしてるとか。

森下 個性的なっていうよりアートや新しいもの好きが多い感じでしたね。ライバル心はほとんどないと思います。他の専攻と違って個々でやってることが全然違うので、比べようがないんです。むしろ同級生のいいところを探して協力してもらおうって考えてました。

———授業はどういう感じなんですか。それぞれが違うことをやるとすると授業も難しそうです。

森下 固定概念を壊していくというか、頭を柔軟にする授業みたいなところから入りましたね。「とらわれるな」みたいな。

———学生時代の創作の悩みや楽しさはありましたか?

森下 自由過ぎてわかんないみたいな悩みはありました。でも油絵一筋でやってた頃よりも考え方はずっと楽でした。

———思い出深い作品はありますか?

森下 卒業制作で作った廃品の作品ですね。今は使われていない古いものを通して、そこにあるストーリー性を作品にしたつもりです。例えば、もう会えない人とか会話できない人とか、そういうシチュエーションがある中で、物ってなんか健気というか、ずっと置かれて待ってるようなっていうか。そういう記憶や物語を作品にしました。

———卒業間際になると将来を意識すると思います。例えば就活などの話はでましたか?

森下 いや、そもそも先端では就活の話題すら上がらないぐらいです。ある日たまたま着るものなくてスーツで大学行ったんです。そしたら教授から「なんでスーツなの?まさか就職でもするの?」って言われるぐらいで(笑)

———(笑)もはや「就職なんてするもんじゃないぞ」のテンションですね。

4、卒業と現在「そこからもうアーティストなんじゃないかって」

遠藤(聞き手)がいた尺八科の方がまだ「食べる事」は容易かもしれない

———卒業後はアーティスト活動へ?

森下 なんか私の場合、作品を作りたいなと思ってもアートの世界にいるだけじゃだめで、アート以外の世界にふれないと作品を作れないんです。なので普通に働いてました。ウェブメディアの企画とか雑用してました。

———クリエイティブそうな環境ですね。

森下 でも、よく怒られてました。そんなキワを狙うなとか(笑)。私はどちらかと言うと、誰も見たこともないような形とか変わったものを作りたいっていう気持ちの方が強かったんです。「誰もそんなの求めてないから」って言われてましたね。

———でもそのキワというか、らしくなさが森下さんらしさなんですよね。現在もその会社で働きつつアーティスト活動といった感じなんでしょうか。

森下 今は別な職場で短時間だけアルバイトしてます。元々いた会社は仕事量が多くて、常に高いパフォーマンスを求められる職場で…。それで体調を崩してしまい、しばらく病気の治療に専念してました。それからはずっと休みつつという感じです。でも美術のことはずっと考えてるっていう感じです。

———ちなみに素朴な疑問なんですが、美術というか森下さんのような現代美術って食べていけるものなんですか?

森下 うーん、ほぼ食べていけてないんじゃないかと思います。美術展に出展しても謝礼とかほぼないですし。特に現代美術は絵や作品を売るっていうのとも違うので。

———たしかに食べていくには難しそうな分野ですね。

森下 アーティストの中には作品を作らない人もいるし、そもそも「作品って?」っていうのを考えてる人もいますから。でも多くの人がお金基準で動いてない感じです。やるかどうかは内容やコンセプトによると思いますね。

———聞きにくいですが、将来に不安はありますか?

森下 それは常に…あります。それこそいつも人生詰んでます。

———これからの展望はありますか。

森下 今までは生活中心の働き方をしていたんです。でもそれだと働くために無理をして体を壊してしまうんです。なので、もう荒療治じゃないですけど、考えを逆転させてアーティスト活動に集中しようと思っています。そうすると力が湧いてくるんです。その余力で生活のために働きたいと思っています。

———そうなんですね。

森下 …でも、良い子は真似しないほうがいいやり方です(笑) 

———いやいや、色んな生き方があっていいと思います。大変かもしれないですが、アーティスト活動を応援しています。

森下 ありがとうございます。自分にとっては休んでる期間もアイデアを蓄積させてる期間なんです。私は一日えんえんと下らないことばっかり考えてるのが好きというか…。アーティストになるって、例えば「これ面白いな」とか感じたり、色々あることないこと考えたりとか、そこからもうアーティストなんじゃないかって思ってます。

インタビュー企画「その後の藝大生」ではインタビュー対象者を探しています。取材後に気が変わって公開NGも大丈夫です。応じて頂ける方のご連絡をお待ちしています。     oxyges8nuque@yahoo.co.jp 遠藤直幸

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