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じっくり網焼きしてたお肉に自我があった【掌編】

パチンコとラブホテルと廃墟寸前の小さな遊園地以外に面白いものは何もない寂れた街の駅前商店街も、流石に今夜ばかりはと思ったのだろうか。広場から見える辺り一面は色とりどりのライトアップで明るくけばけばしい光を放っていて、賑やかな雰囲気を演出しようと出来る限りの苦心をしているようだった。

午後6時。夏ならまだ明るい時間帯でも、冬至を過ぎたばかりとあって既に日は落ちている。厚手のコートを着てきたはずなのに身震いする体をさすりながら彼を待つ。

いや、おしゃれは我慢なのだ。もこもこのミドル丈コートを着ていると言いつつも下はミニスカートにニーハイで、ちょっとでもキラキラして可愛い見た目にしたかったから着てきたのだけど、露出した太ももは刺すように寒い。でも、東京の女の子はこれよりもっと頑張っているに違いないのだ。
手をこすり合わせて凍てついた空気と戦っていると、彼が来た。

「ごめん、待った?」
「ううん今来たとこ」

なんてありきたりな言葉を安心して投げあえる関係が心地良い。

「じゃあ行こっか。と言っても、電車までまだちょっとあるから、広場を見て回ろう」

付き合いはじめて1年とちょっとになる。段差に気をつけて、なんて優しい気遣いのできる彼だ。電車にすぐ乗れるように考えて集合時間を調整しないところはまだまだだが、私がじっくりと育てて絶賛成長中なのである。

直営店が東京にある有名コスメショップのハンドクリームの話をしているうちに、電車は目的地に着いた。彼が案内してくれたのは、田舎とは言え県庁最寄りの一番大きい駅に最近増築された駅ビルの、これまた最近オープンしたというスイス料理の店だった。ログハウス風の内装に心まで暖かくなるような気がする。

「この店は、広いテラスでキャンプ風の食事が楽しめるんだ」

そう言って、私たちはテラス席に通された。こんな寒い日に外? と脳内で激しい抗議の声が上がるが、店の用意が良く、意外に平気だったので不問としておこう。

温かいポタージュに始まり、ドライビーフを乗せたバゲット、せっかくの聖夜だからとワインも開けた。本当は月に1度くらいはこんな食事を楽しみたいものだが、今はまだそれを望む時期じゃない。早くこの街を出て、2人で東京に住むんだ。

ロースターに乗ったフランクフルトの横で、チーズフォンデュの鍋がじっくりと温められている。正面にいる彼がその鍋をかき混ぜているのを眺める。ふふふ。私は完成品を求めているのではなく、彼を育成しているのだ。駅弁大学の2年生の彼を。最近、彼の表情の中に、彼の兄と同じ目つきを感じるようになってきた気がしている。そのたび、彼もこれからきっと東京で羽ばたいてくれるに違いないと思う。

やがてメインディッシュのフォンデュも片付き、残るはデザートだけといったところで、彼は何か準備してきたものを吐き出すような声音で静かに言った。

「キャンプの終わりと言ったらこれだよね、というのを用意してあるんだ」

ウェイターが運んできたのは串に刺されたマシュマロだった。うーん。キャンプだったら確かにそうかもしれないけど、クリスマスの夜のデザートがマシュマロってどうなの? 無難だけど王道にショートケーキとか、ちょっと凝ってみてブッシュドノエルとか、そういうのじゃいけなかったのかな?

一瞬口をへの字にしてしまった気がするが、すぐに持ち直す。いやいや、これは今後の課題ということにしておこう。少しずつ少しずつ学ばせてやればいいのだ。

そう思って串を一本手に取り、ロースターにかざしながらゆらゆらと動かしていると、彼は意を決した顔でこう告げた。

「あのさ、別れようと思うんだ」

え?

咄嗟のことに手が硬直する。彼を見上げた視線も硬直する。

今なんて?

「今日は素晴らしい一日だった。待ち合わせた駅前広場で電車が来るまではしゃいだり、君が時々見せるふっと遠くを見るような綺麗な横顔を見たり、君がフォンデュしたチーズを思いっきり伸ばして変顔したのを撮るのも楽しかった。でも、だからこそ、終わりにしなきゃいけないんだ」

「どうして?」

「僕は君の思っているような人ではない、というか、君の思っているような人にはならないよ」
「どういうこと?」

「前から薄々思っていたことがあるんだ。君は、」

彼は一度声を区切った。ヒーターもひざ掛けもあるはずなのに、なぜだか寒気がする。そして、彼の口が開いた。

「君は、僕を通して僕の兄を見ているね。東京の大学に行ってそのまま東京で大企業に就職した兄の姿を」
「…………」
「君は、僕が東京へ君を連れていくと思ってる。そういうふうに僕を誘導しようとしている。でもあいにく、僕は生まれ育ったこの街が好きなんだ。大した観光地もないしょうもない地方都市かもしれないけれど、ここがいいんだ」

彼は紡ぎ続ける。甘さの中に毒を含んだ終わりの言葉を。

「君には本当に感謝しているんだ。出会った頃は今ほどファッションに気を使ったことがなかった。自分に香水も使おうと考えたこともなかった。こんなお洒落な店に連れて行こうと思いつくことさえもね。でも、ここまでだよ」

そう言ってじっと私を見つめる表情には、恩讐の念が籠もっているように見えた。

「君のことがとっても好きだ。今でも好きだ。けれど、それと同じくらい、君のことが嫌いだよ」

火との距離感を間違えた串刺しのマシュマロが、ぽとりとロースターの網に落ちた。網に焦げつきを残しながら、甘いマシュマロだった燃えかすが、火の中に溶けてなくなった。 

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