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練習の前に目的を伝えるのか問題


この前自分のフィードでも話題になった練習の前に目的を伝えるか問題。

サウサンプトンという小さな街の中でマーレーシオンさんとも少し話をして盛り上がりました。


自分の意見は正直状況によると思っていたのですが、それだと議論にならなくてつまらないのでもうちょっと深掘りしてみようと思ってこのノートを書きました。


今回調べた際に参考にしている論文は大体教育学のものなので、そこは考慮してもらってこういう考えもあるのか程度にしてもらえたら助かります。そもそもクラスルームベースの授業とサッカーというフィールドで教える練習は全く異なるので。


Cognitive Load Theoryとは?


人の学習が最適化するという点で習った勉強が長期的記憶に結びつくためには、どういうアプローチをすればいいかというところを考えていきます。

ということで今回はCognitive Load Theoryなるものを軸に考えていこうと思います。

このセオリー最近イギリスの教育専門家のウィリアムさんによって「先生として理解しておかなければいけない一番重要なセオリー」と主張されています。

Cognitive Load TheoryはたくさんのRCTs経て支持を受けているので説得力はあるのかなと感じています。


じゃあそのセオリーとはなんだというと、二つの考え方が主にこのセオリーを作っています。

一つ目が人間の脳には一度に処理できる情報の量には限界がある

二つ目が人間の脳には一度に保存できる情報の量には限界がある


この二つの考えをもとに、じゃあどうやったらその中で学習効果を効果的に効率的に習得することができるかを考えています。


結果から言うとこのセオリーは「先生が生徒に対してしっかりとやり方を説明しながら授業を進める」方が「生徒が自主的に答えを探す」よりも効果的だと発表しています(Kirschner, Sweller and Clark 2006)。

理由を説明していきます。


どうやって脳は学ぶのか?


このセオリーではワーキングメモリー(超短期記憶)とロングタームメモリー(長期記憶)がメインになります。


ワーキングメモリーは文字通り少しの間情報を保存できる脳のスペースです(Peterson and Peterson 1959)。

よくある例だと電話番号を言われてすぐに覚えることができる量だったりです。このワーキングメモリーの容量は個人差があると言われています(Barrett, Tugade and Engel 2004)。


それに対してロングタームメモリーは半永久的に記憶されている情報です。そしてCognitive Load Theoryは知識や情報を“スキーマ“としてロングタームメモリーに保存していると仮定しています(Sweller, van Merrienboer and Paas 1998)。

このスキーマというのは過去の経験で構成されていて、新しい経験をする際に使われます。

このスキーマはミルクボーイの漫才が一つの例えになると思います。

「甘くてカリカリしてて、で牛乳とかかけて食べるやつって言うねんな」

「おー、コーンフレークやないかい」

これがスキーマです。


甘くてカリカリ」と「牛乳とかかけて食べるやつ」という情報(スキーマ)からコーンフレークを推論しています。


運動においても最初は自転車に乗れなくても、徐々に練習していくごとに乗れるようになり最終的には無意識で乗れるようになるのも、徐々にスキーマが脳のロングタームメモリーに保存されていくからだと考えられています。

そのスキーマを組み立てていくのが学習でも大事なのではないかと言われています。

そしてこのスキーマを構築する際に必要なのが自動化になります。そうすることによって少ない意識的な努力で情報を自動的に処理することができるようになります(Sweller, van Merrienboer and Paas 1998)。

このスキーマなのですが学習においてめちゃめちゃ大事です。

スキーマのおかげで情報を整理することができロングタームメモリーに知識を蓄えることができます。

そして何よりワーキングメモリーの負荷を減らすことができます。

ワーキングメモリーには容量があると言ったのですが、スキーマを増やすことによってよりたくさんの複雑な情報を一回で処理することが可能になってきます。


例えば、今から、


「HATSNATDVO」という10個のアルファベットを覚える


「UNIVERSITY」という10個のアルファベットを覚える


のでは難易度が全然違うのがわかると思います。


どちらの10個のアルファベットの羅列なのに「UNIVERSITY」という方が簡単なのは「UNIVERSITY」という10個のアルファベットで一つの文字になるというスキーマがロングタームメモリーの中に保存されていたからだと考えられます。


「HATSNATDVO」はこれだけで覚えるのに精一杯なのですが、「UNIVERSITY」の方はまだまだ他のことも覚えられるワーキングメモリーに余裕が残っていると考えます。


このワーキングメモリーにかかる負荷が大きくなりすぎると、学習している内容が理解されなかったり、誤解や混乱を招いたり、ロングタームメモリーに情報を効果的に変換できないリスクがあり大きくなり学習スピードが遅くなってしまいます (Martin 2016)。

これを認知的過負荷といいます。


スキーマを作って自動化することによってワーキングメモリーの負荷を軽減することができるので、ワーキングメモリーの容量を新しい情報を処理するために残しておくことができます(LaBerge and Samuels 1974)。


認知負荷のタイプ


Cognitive Load Theoryには三つのタイプの認知負荷があると考えています。Intrinsic LoadExtraneous LoadGermane Loadの三つでこれらの認知負荷は加法的だと想定されています(Sweller 2010)。


なのでIntrinsic Load+Extraneous Load+Germane Load=総認知負荷となります。

認知的過負荷はこの総認知負荷がその人のワーキングメモリーの容量を超えてしまうと発生します(Gerjets, Scheiter and Cierniak 2009)。

じゃあこの3種類の認知負荷はいったいなんなのか説明していきます。


・ Intrinsic Load 

この負荷は学習する主題の難しさに関係した認知負荷になります。シンプルにいると「必要な」タイプの認知負荷です。

主題に対しての難しさが関係してくるので、始めたばっかりの初心者に取っては難しくても、熟練者に取っては簡単なものもあります。

例えば、サッカーでも始めた最初はずっとボールを見ないとドリブルができなかったのに、成長すると顔をあげてできるようになるなどです。

この認知負荷は、
主題の複雑さ
その人の事前にある知識
によって影響を受けます。


この認知負荷は「主題に対する教え方」で負荷を変えることができると考えられています。


この認知負荷を調整するために「Simple to complex アプローチ」、「Part-Whole アプローチ」、「Full Complexity」の三つのアプローチがあると言われています。


Simple to complex アプローチでは主題を単純なものから複雑にどんどん難易度を上げていくやり方です。

サッカーだと11人でやる複雑なスポーツなので、まずは人数を少なくして(1対1や2対2)単純化してから11対11にアプローチしていくようなやり方だと思います。


Part-Whole アプローチ主題を部分部分に分けて学習していくやり方です。サッカーだとパス、ドリブル、シュートなどの要素に分けていって学習するようなやり方だと思います。


Full Complexityアプローチ最初から完全に主題を複雑なまま教え、その後にそれぞれの個人に必要な要素に注意を向けていくようなやり方です。


この三つのアプローチの中でもSimple to complex アプローチPart-Whole アプローチの二つが、認知負荷を軽減させながら学習を効率化できると考えられています。


・ Extraneous Load

この負荷は主題がどのように教えられるかに関係しています。不適切な教え方やサポートの仕方で発生する負荷になります。

学習自体にはあまり関係していないのであまり良くないタイプの認知負荷です。

例えば、サッカーでコーチが練習中に選手にボールを奪われるな!という声を荒げている状況などが当てはまります。
そういう声かけをしていると選手はボールを奪われないことに意識を集中してしまい、どうやったらボールを奪われないかの「学習しないといけない部分」に認知を持っていけていません。

なので、学習の効率を最大化するにはこの認知負荷をなるべく最小にすることが大事だと考えられています。


・Germane Load

この負荷は学習がワーキングメモリーからスキーマ構築を通じて、ロングタームメモリーに転送されるプロセスの負荷になります。

なので簡単にいうと良いタイプの認知負荷です。

この負荷はサポートがたくさんあるような環境の時に生まれやすく効果的な学習の際に役立つと考えれています。


Intrinsic LoadとGermane Loadを増やし、Extraneous Loadを減らすかが学習の最大化の鍵になります。


効率的な学習方法とは?


そしてじゃあそれはどういう教え方をしたら効率的な学習につながるのかが一番重要です。

この教え方は広い意味で二つのアプローチで議論になっています。

・生徒主導で情報を自分たちで導き出し組み上げていくアプローチ(Bruner 1962 and Papert 1980)

・先生がやり方を明確に生徒に説明していくアプローチ(Klahr and Nigam 2004 and Mayer 2004)

があるのですが、冒頭でも書いた通りCognitive Load Theoryの観点では後者の方がベストなアプローチではないかと考えています。


ただここで勘違いして欲しくないのは、じゃあ毎回全部説明するのが正しいというわけではないということです。

Cognitive Load Theoryの提唱者ももう前に習ったスキルなどに関しては、先生無しでグループや個人で学習することの必要性も説いています(Clark, Kirschner and Sweller 2012)。

Andrew Martin (2016)さんは生徒のレベルによってはガチガチにやり方を提示するのではなく、少し余白を残してあげて、質問があった時に補助をするようなやり方も効果的ではないかと提案もしていました。


五つの考慮して欲しいこと


そして最後にCognitive Load Theoryの5つの覚えておくべきことを。(これらはクラスルームベースで考えられた方法なのでサッカーに同じように使えるかは調べてないです。)

Worked Example Effect

これは実用的な例を使って物事を教えることの重要性です。いくつかの研究で実例が与えられたグループと、与えられず自分自身で解決するグループとではその後のテストのパフォーマンスが前者の方が優れていたことが報告されています。

Expertise Reversal Effect 

これは上のWorked Example Effectの例外になるのですが、専門知識が増えていくとWorked Example Effect効果は次第に効果が無くなっていき、最終的には逆効果になってしまうかもしれないことを警告しています。

The Redundancy Effect 

これは生徒のワーキングメモリーの容量が学習するタスクとは関係ないものに割かれていればいるほど学習の効率性は下がっていきます。先生が学習に関係のない余計な情報を混ぜてしまっていたり、同じ情報を違う形で提示したりなどで学習の最適化ができなくなってしまいます。
例えば、プレゼンの時に資料に書いてあることをただただ読み上げるなどがあります。

The Split Attention Effect 

これは学習者が何かを理解するために二つ以上のリソースを同時に使おうとする時に高い認知負荷がかかることを言います。これを防ぐために二つ以上のリソースを使いたい際には事前に一つの資料としてまとめておくと学習者の認知負荷を抑えることができます。

The Modality Effect 

上のThe Split Attention Effectと関連していて、物理的に二つ以上のリソースをまとめるのではなく、視覚と聴覚から情報を取得することでも認知負荷を抑えることができます。例えば、サッカーの分析動画をプレゼンする時にプレゼンテーションの中に映像と説明を入れるのではなく、映像を見せながら音声形式で説明を入れていく方がワーキングメモリーの負荷がかからずより効率的に学習が促進されます。


まとめ


少し長くなってしまったのですが、以上がCognitive Load Theoryの概要になります。何回も言うのですが、あくまでもこれはクラスルームで研究を行った結果なので、サッカーとの互換性があるのかは正直なところわかりません。

冒頭サッカーの「練習の前に目的を伝えるのか問題」の自分の中の今現在の答えは目的を伝えた方がExtraneous Loadが抑えられて、違う認知負荷をかけられるので効果的に学習ができるのではないか。です。


練習の目的を伝えずにサッカーをすると選手もただサッカーをしていることになるし、練習の設定で気づかせると言うのもコーチの意図などを設定から汲み取らなければいけないと言う負荷(Extraneous Load)も発生し、純粋に学ばせたい部分にワーキングメモリーの容量を十分に裂けない可能性があるのではないかと考えます。


ただ練習の目的を伝えずに行うのが絶対ダメというわけではないと思うので最終的にはやっぱり状況によりけりなのかなという気もします。というのもエコノメソッドでは基本的には最初に練習の意図は言わないと言っていたので。


目の前の選手のレベルと練習の目的の複雑さを考慮した上で、どう練習を作るか進めていくかを考えるのが大切なのだなとやっぱり感じます。


参考文献

Barrett, L.F., Tugade, M.M. and Engle, R.W., 2004. Individual differences in working memory capacity and dual-process theories of the mind. Psychological bulletin, 130(4), p.553.
Bruner, J., 1962. The art of discovery learning. On knowing: Essays for the left hand.
Clark, R.E., Kirschner, P.A. and Sweller, J., 2012. Putting Students on the Path to Learning: The Case for Fully Guided Instruction. American Educator, 36(1), pp.6-11.
Gerjets, P., Scheiter, K. and Cierniak, G., 2009. The scientific value of cognitive load theory: A research agenda based on the structuralist view of theories. Educational Psychology Review, 21(1), pp.43-54.
Kirschner, P.A., Sweller, J. and Clark, R.E., 2006. Why minimal guidance during instruction does not work: An analysis of the failure of constructivist, discovery, problem-based, experiential, and inquiry-based teaching. Educational psychologist, 41(2), pp.75-86.
Klahr, D. and Nigam, M., 2004. The equivalence of learning paths in early science instruction: Effects of direct instruction and discovery learning. Psychological science, 15(10), pp.661-667.
LaBerge, D. and Samuels, S.J., 1974. Toward a theory of automatic information processing in reading. Cognitive psychology, 6(2), pp.293-323.
Martin, A.J., 2016. Using Load Reduction Instruction (LRI) to boost motivation and engagement. Leicester: British Psychological Society.
Mayer, R.E., 2004. Should there be a three-strikes rule against pure discovery learning?. American psychologist, 59(1), p.14.
Papert, S., 1990. Children, computers and powerful ideas.
Peterson, L. and Peterson, M.J., 1959. Short-term retention of individual verbal items. Journal of experimental psychology, 58(3), p.193.
Sweller, J., 2010. Element interactivity and intrinsic, extraneous, and germane cognitive load. Educational psychology review, 22(2), pp.123-138.
Sweller, J., Van Merrienboer, J.J. and Paas, F.G., 1998. Cognitive architecture and instructional design. Educational psychology review, 10(3), pp.251-296.

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