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僕がバンドを組んで、エアベースした時の話

CHOT FRESINO



「バンド組もや!!ほんで、文化祭で演奏しよ!」


 いきなりY君がオファーしてきた。
お昼ご飯を食べ終え、cill out中の昼下がりのことだ。

パ、パードゥーン!?!? 


唐突すぎるオファーに、僕は今しがた授業で覚えた英語を心の中で叫んだ。

「今…なんか仰った…!?」

「だ〜か〜ら!バンドやるぞ!!!」

 Y君は僕の机の前に満面の笑みで立ちながら、いつになく嬉しそうに言った。
普段はクールなY君がやけにテンションが高い。
窓から入ってくる陽射しを受け、輝いて見える。いや、事実少年のような瞳が輝いていた。
聞けば、僕の兄貴とY君の兄貴は同級生で、中3の文化祭でバンドを組んで、"拍手喝采"、"歓声のA・RA・SHI A・RA・SHI Oh Yea!"だったらしい。
そういえば、そんな話を兄貴から聞いたことあったな。

 つまり、弟同士で兄貴達のバンドのリヴァイヴァルをして、中3の最後に思い出を残そうということらしい。

 正直、僕はこのなんとも青春っぽい提案にワクついた。
なぜなら確実に"モテそう"だからだ…‼︎

  当時の僕は、中学生男子アルアルの"モテたい病"に侵されていた。
モテたい ハメたい ナンパされたい(©︎ウルフルズ)の「want三拍子」が揃っていて、兎にも角にも"目立ち"たかった。
小学校の時は、ドッヂボールが強いor走るのが速ければモテた。
中学はヤンキーor目立つヤツがモテる。
他校と喧嘩する勇気がないので、ヤンキーは無理だ。

ならば"目立つ"しかないですやん! 

 そのために、慣れないワックスで髪をセットし、カッターシャツなんてロンモチで、アウト・オブ・眼中。くしゃくしゃにして教室のゴミ箱にthrow awayを決め込んだ
僕の中学生時代はsurf系の人気絶頂期で、みんなQuicksilverとか、BILLABONGとかを着ていたが、僕は学ランの下にはカート・コベインやシドのTシャツを着ていた。
教室で男友達と騒いでる時に、あ、自分今おもろいこと言うてんな思ったら声のヴォリューム上げたし、女子が見てたら大げさにリアクションなどしたもんだ。
意味も分からないのに、洋楽ばっか聴いてたし。

 ただ、一つ、ひとつだけ僕には致命的なウィークポイントがあった…。

超絶シャイボーイだったのだ…‼︎

 男だけなら、全然余裕しゃくしゃくだ。なんなら面白い部類に入る自信はあった。
しかし、女子を前にすると自分でも悲しくなっちゃうくらい、てんでダメなのである。
 今でこそ克服することができたが、中学の時の僕は女の子を前にすると、「うん」か「ううん」つまり、イエスorノーしか言えないshiestボーイだった。もちろん童貞だ。いや、むしろ童貞の為せるワザであろう。

 中学に入学したての頃など、違う小学校から入学してきた女子に一瞬だけモテて結構話しかけられた。
ハーフということもあり、そこそこ顔は整っているんです、実は。(自顔自賛はこの辺りにしときます。)
 しかし、悲しいかな、顔だけでは無理なんよ…大阪では。ベシャリが出来んとすぐ飽きられ、1ヶ月もすると話しかけてこなくなった。
そら、「うん」か「ううん」しか言えへんヤツと話してもおもろいわけなかろうもん。
Siriと話てる方がよっぽど楽しいだろう。 

 なぜ僕が、こんなにプライベートな恥ずかしい話をさらけ出したのかと言うと、このバンドに賭けていたからだ。
シャイであがり症で、人前に弱いどうしようもない僕が敢えて、全校生徒の前でバンドを組み演奏する。
つまり、苦手なことに挑戦することで"自分の殻を破れるのではないか…? "と考えたわけで。
やるだけやるけどいいでしょ?
夢だけ持ったっていいでしょ?(©︎嵐)

何だって本気でやりゃ叶う 成さねばならぬ だから成せばなる きれいごと だとか言うなマジでうるせえ 俺のこの人生で証明するぜ

 頭の中にはロッキーのテーマ曲ではなく、
Zeebraの「Street Dreams」が流れていた。

 下心丸出しな覚悟を決めた僕は席から立ち上がり、腰パンでずり落ちるスボンを持ち上げて、Y君と握手をしながら言った。

「ヤーマン!やったろーじゃんすか、俺らで。あーい!(窪塚洋介風)」

「ヤーマン!!CHOT FRESINOがやらんかったら、リヴァイヴァル実現せえへんしナイス!!」

「ほんで、あとのメンバーは誰よ?
後出しでごめんやけど、俺楽器できへんで。」

「え…そうなん?兄貴ギターやってへんかった?お前もできる思ってたんやけど…
まあ、なんとかするわ!他のメンバーも集めるわ!」

なんとかするて、あんさん…文化祭まで2ヶ月くらいしかありゃしまへんえ…?
まあ、なんとかなるやろと僕も気楽に考えていた。その時は…。

3日後。
 僕はY君から呼び出され、放課後、音楽室に一人向かった。
音楽室の扉を開くと、そこには、マイクを持ったY君と、ギターを持ったT君、ドラムの椅子に座りスティックをクルクル回しているH君がいた。

「…ふっ、役者は揃ったわけだ。」 


 なんてキザなセリフを吐けるわけもなく、内心、Y君…ばちくそヤンキーを集めてきてんちゃうぞ
この2人、ヤンキーってだけでモテてんのに、まださらにモテる気かよ!?モテたい欲求底しらんな!と自分を棚上げして思っていた。
僕はそれを悟られないよう、明るく切り出した。

「遅なってごめん!このメンバーでいくわけね。オーケー、オーケー。
ところでT君、N君、楽器持ってるけど弾けんの?」

聞き終わるか、聞き終わらんかくらいで食い気味にT君がギターを弾きだした。

X JAPANの「Rusty Nail」のイントロのギターパートだった。しかも、上手かった

「お、おん…上手いやん…」

また、言い終わるか、言い終わらんかくらいで食い気味にH君がドラムで軽快な8ビートを叩きだした。 

 もう、なんやねん…普通に出来る言えばええやん、ええ加減疲れるでしかし!
と思いながらも、2人とも普通に上手かった。まさかの楽器できへんの俺だけ…!? 

 かくして僕の楽器は自然と「ベース」に決まった。
"音もそんな聞こえへんし、最悪下手でもいけるやろ"が理由だ。

 その日から地獄の猛特訓が始まった。
学校→放課後ベース練習→塾→家でベース練習の繰り返しだ。
実際のところ、3日くらいで飽きて練習は、放課後だけになったけど。
それでも、毎日が充実していて楽しかった。

文化祭2週間前。
 塾が一緒だったプノペンさんに塾で、バンドをすることを話した。

「ええな〜!おもろそうやん!」

「プノペンさんなんか楽器できんの?」

「俺、猫踏んじゃったピアノで弾けんで。」

プノペンさんのバンド加入が正式に決まった

文化祭1週間前。
 1年生と2年生でインフルエンザが流行り、何クラスか学級閉鎖になった。
その為、今年の文化祭は中止になったと朝のHRで担任から言われた。

内心、僕はどちゃくそ安堵した
なぜなら、僕のベースは到底全校生徒の前で披露できるシロモノではなかったし、プノペンさんを誘ってしまってから気づいたが、ピアノパートがなかったのだ。
まあまあ、しゃーない。文化祭がないんやったら披露できる場もないし!

その日の昼休み。
バンドメンバーで集まった。

「めっちゃ練習したし、めっちゃやりたかったけど、文化祭中止やししゃーないなー。
ほんま残念やわ〜まじでまじで。」

と白々しく僕は一応、みんなに言った。

「・・・・・」

 他のメンバーは口を固く閉ざし、落胆の色を隠せないでいた。
するとY君がいきなり勢いよく立ち上がった。

「…俺、今から先生に頼み込んでくるわ…‼︎」 


パ、パードゥーン!?!?!?

 またまたパードゥーンである。
いやいや、文化祭中止ぞな?頼むもなにも無理に決まってんやん!

 Y君は一人、職員室に駆け出した。
直ぐ様、T君、H君、あろうことかプノペンさんまでY君に続いた。
えっ…プノペンさんは俺と同じ気持ちだと思っていたのに裏切られた気分だ。
なんやねんこの"青春ドラマみたいなワンシーン"は!なにを見せられとんねん!?と冷めた気持ちになったが、少し遅れて僕も追いかけた。

 職員室に着くと、Y君が学年主任の先生にちょうど頼み込んでいた。

「僕ら文化祭でバンドやりたかったんです。文化祭延期にして下さいなんて言いません!
せめて、僕らに1限分だけ時間下さい!」

学年主任「・・・。
お前らの気持ちはよう分かった。
顔、上げなさい。よし!全学年はあかんけど、お前らの学年だけ学年HRってことで時間作ったるわ!そこで演奏せえ!」

「よっしゃぁああ!!!!!」 


 喜ぶバンドメンバーを尻目に、僕は膝から崩れ落ちた。
な、なんだと…!?前から思ってたけど、学校の先生ってヤンキーに甘ないか…!?
一難去ってまた一難とはこのことだ。

 晴れて(?)、僕らの学年は学級閉鎖をしているクラスがなかったので、文化祭のはずだった日に、一限分時間をもらい、学年全員の前でバンドを披露することになった


文化祭当日。
 朝から緊張でキリキリと胃が痛い。
結局、ベースを完成させれなかった僕は仮病で休もかな?と一瞬悪魔の囁きに呑まれかけたが、必死に先生に頼み込むY君を思い出し、重い足取りで学校に行った。
ヤンキーに後で怒られるのも怖かったし。 

本番は4限目。
 普段は時間が過ぎるのが遅い授業も、驚くほど早く3限目まで終わり、ついにイッツショータイムである。

 場所は体育館で、3限目が終わると、バンドメンバーは体育館で集まり、準備と最後の合わせをした。
僕のデキを見たT君は、一言。

「FRESINOはエアーで!
一応、ベースにアンプ挿しといて、アンプの電源はいれんなよ。弾いてるフリしとけ。」

…僕のエアベースが正式に決まった。


 ちなみに、ピアノパートのないプノペンさんも、一応ピアノに座って弾いてるフリをするので、バンドメンバー5人中、実に2人がエアーだ。

今思えば、なんでピアノパートないのに頑なにプノペンさんがバンドに居続けたのかは分からない…。 

 ぞろぞろと他の生徒が体育館に入って来たので、僕らは舞台のカーテンを閉め、それぞれ自分の位置に着き、チューナーで音を合わせたりしていた。
やることもないので、一応、僕も音を合わせた。 

 生徒が全員揃ったらしく、体育館がザワつきだした。
やばい…めちゃんこ緊張する…!!
心臓がバックバク鳴り、今にも口から出てきそうだった。
メンバーを見渡すと、やはりみんなも緊張していて、Y君も手が震えてた。
人が緊張しているのを見ると案外落ち着くもんで、うわー、ほんまにやるんやな…やるしかない!と覚悟を決めた。 

そして先生の司会が始まった。

「えー今日は、残念ながら文化祭は中止になったんですが、バンドだけ演奏させて下さいとのお願いがありましたので、こうして皆さんに集まってもらいました。
それでは、"みそ汁ズ"の皆さんです!!拍手で迎えて下さい!」

おー!!いぇーい!
パチパチパチパチ…

 歓声を他所に僕は…え!?"みそ汁ズ"…!?なにそのくそダサいバンド名!?そう言えば、バンド名の話したことなかったな…なんて考えていると、カーテンがサッと開いた。

ジャジャーン!!! 


 T君が得意げにギターを鳴らし、1曲目が始まった。
僕も負けじと、ベースを弾いた。エアーで

しかし、そこで事件は起きた…!!


 開始5秒で、プノペンさんのエアピアノのがオーディエンスにバレたのだ!!

 よう考えたら、合唱コンクールの時とかに使うゴツいグランドピアノやのに、全く音出てへんしそらバレるやろって感じですけど。

 エアーがバレてからのプノペンさんはマシンガンばりの野次の集中砲火を浴びせられていた
しかし、彼は臆することなく、エアピアノを必死に演奏していた。

「おい!プノペン!!お前エアーやんけ!」

「モロバレやぞ、プノペン!!」

「さっさと降りてこんかい!」

 タランティーノの「パルプ・フィクション」って映画の中でジュールス(サミュエル・L・ジャクソン)が銃を撃たれまくっても死ななかった自分に奇跡を感じたように、野次の集中砲火を浴びても生きているプノペンさんに僕は神の力を知った。

 僕はというと、唯一のエアー仲間であるプノペンさんが速攻でバレてしまったので、次は僕がバレるのではないかと気が気ではなかった

バレたくないと焦れば焦るほど、僕の左手の4本の指は、ベースの4本の弦上を軽やかにダンスした。 

 そしてついに、予定していた2曲を弾ききり、なんとも言えない、達成感と恍惚感に僕たちは酔い痴れた。エアーやけど
演奏が終わり、舞台のカーテンが閉まると我に返り、バレたくない僕は急いでベースを取り、教室に戻ろうとした時、

「アンコール!アンコール!…」 


 お決まりのアンコールコールが体育館内に響いた。
僕はもう帰ろや〜と捨てられた仔犬みたいな目でみんなを見たが、Y君も、T君もH君も、あろうことかプノペンさんまで待ってましたとばかりにスタンバっていた
 プノペン…お前もか…。ユリウス・カエサルみたいな気持ちになった。
プノペンさんは野次をその身に受け過ぎて、感覚がおかしくなってしまったのだろう。

 カーテンが開き、僕たちはアンコールに応えた。
そして、僕たちのバンド「みそ汁ズ」は大盛況のうちに幕を閉じた

 Zeebraは 誰が持ってく 今夜のスーパースター 雷 ライムスター ブッダブランドって歌っていたが、間違いなくその日のスーパースターは「みそ汁ズ」だった。 


 その日の昼休みや放課後、会う人遭う人、みんなが「めっちゃ良かったで!」「CHOT FRESINOが1番カッコ良かった!」なんて褒め言葉を言ってくれ、スター気分を味わえた。
正直、過分な褒め言葉を頂き、僕はほぼ何もしていないに等しいので、クルーのみんなに対して、一抹の申し訳なさはあったが。

 "モテたい"という動機でバンドを組んだが、その結果はどうだったのかというと、卒業するまでに僕は、クラスの女子2人に告白された。
"付き合って"という2人の申し出に対し、僕の返答は 


「ううん。」 




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