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エッセイ2

お母さん、早く、早く行かなきゃ、早く!
私は母のお腹の中で、急がせていた。
母は、人見知り気味で内向的。接客は苦手なのだけど、お店を手伝わなくてはいけない。

祖母は食堂をやっていた。ラーメンやお寿司、お酒も扱っていた。お客さんが来る。注文をとる。作る。お出しする。片付ける。それらを全て、祖母はやっていて、母はそれを手伝わなくてはいけない。

時間ないよ、早く行かなきゃ。お婆ちゃんが大忙しで大変だよ。
母は、もじもじいじいじしていた。身体が萎縮して足が動かない。できない気持ちで一杯になっていた。
さっきの接客が上手く行かなかったのだろう。奥の部屋に引っ込んで、お店に出て行くのを嫌がっている。
私は母のお腹の中で、歯痒くもどかしい思いをしていた。
ほら、お母さん、早く行って。お婆ちゃんを手伝って!あれをやって。これをやって。

祖母の食堂は、商店街から少し入った所にあった。かも川にかかる、かも橋から坂を下った突当たりの角から二軒目。
入り口は別々だけど、隣の祖父の炭屋と繋がっていた。祖父は、母の父から木を預かって家庭用の炭を作っていた。

祖母の食堂の入り口を入ると、右側にテーブルが3個、左側に1個。左側のテーブルの横は座敷になっていた。
左右のテーブルの間を奥に入って行くと、右側は炊事場、左側は居間。

その先のドアから裏に出ると、左に庭があって、花や柿の木が植えられていた。右側には水道、少し空間があってお風呂場とその奥はおトイレ。
その先は、裏の出入口で、人一人通れる位の、小さな道が左右に通っている。そこから右にくるっと曲がると、右側には祖父の炭用の木を置いてある倉庫がある。まっすぐ進むみ通りに出ると、右側に祖父の炭屋がある。その隣が祖母の食堂。

裏の出入口を左に出ると右側には民家が並び、突き当たりは少し広く左右に分かれ道になっていた。左に進むと通りに出る。通りを左に歩いて行くと、祖父母の食堂と炭屋があるのだった。

花壇の左側には、父母の部屋があった。
父母が結婚した時に、この部屋を付け足して建てたのだ。居間とは中の廊下で繋がっている。花壇の前は縁側になっていた。ここからも部屋に入ることができる。
外からと中から、父母の部屋に出入りできるようになっていた。
母は、調子が悪いと直ぐに、ここに逃げ込んだ。本当に、接客が苦手なのだ。何を話せば良いのか、分からない。
祖母はそれを、よく愚痴っていた。
祖母が愚痴ると、母はますます萎縮した。

私は祖母が大好きだった。明るくて、いつも元気で、働き者で、お陽様みたいだった。
仕事の前には、気付のコップ酒を、一気にぐいっと飲み干していた。
私は、お水を飲んでいるのだと思っていた。どうやら、日本酒だったみたい。透明なそれを飲み干すと、祖母は一日フル回転で働き出す。
いつも、お着物をきちんと着て、しゃんとしていた。
そして、物凄く、気が利いていた。

母が祖母のお手伝いをする時、私も一緒にお手伝いをしていた。それは、とても楽しかった。
私はお腹の中で、母の心を感じていた。
お母さん、頑張ろ。私が居るよ。
私も一緒に、やっているよ。
大丈夫だよ、お母さん。私も一生懸命に、お手伝いをしているんだよ。
母は私に、気が付かない。
お母さん、私がいるよ。一緒にいるよ。
私の声に気が付いて。
忙しい母は、私に気が付かなかった。

母の涙は、私も悲しかった。

そして、私は産まれた。

もう、母と、一緒ではなくなった。一人の人になったのだ。
産まれた時は、背中に馬の立髪のようにびっしりと毛が生えていたそうで、祖母は、女の子なのにと、随分心配したらしい。

利勘気の強い子だったそうで、祖母によく叱られた。母は祖母の食堂や家事で忙しく、私はかまってもらえない時もあったみたいだ。

家の裏に小高い丘があって、そこで遊ばせていたらしい。
ある日、一人でいたら犬が近づいてきた。白い犬だったか、ベージュの犬だったのか。のろのろと、こちらにやってくる。
ああ私は、この犬に食べられてしまうのかと、怖くて気を失った。
気が付いたら、祖母に抱えられていた。それ以来、裏の丘の上で一人で遊ばされる事はなくなった。

ある日、炊事場で遊んでいたら、居間にあるテレビを見ながら、祖母が大騒ぎをしはじめた。すごく興奮していて、尋常でない。いつもの何十倍もの声を張り上げて、大騒ぎしている。
なんだろうと様子を見に行ったら、テレビに出ている人が、物凄い土佐弁で喋っていた。土佐出身の書道家だ。テレビから轟き響き渡る、土佐弁の土地言葉と、ライオンの様なその書道家は、私の脳裏に鮮明に焼きついた。臆せずに堂々とした、実に立派な方だと思った。土佐の言葉は誇らしかった。

私は、周りの人達から大層可愛がられて育てられたらしく、かなりヤンチャだったみたいだ。
ある日、一人で庭で遊んでいたら、頭を大怪我してしまった。
庭の横にお風呂場があって、そのお風呂場の戸を開けて中に入り、その段差が面白く、そこから庭に向かって、ぴょんぴよんと飛び降りていた。
良い調子で楽しく遊んでいた。
お風呂場に上がっては、ぴょんっと飛び降りる。リズミカルだ。
きゃあ、楽しい。段差に上がる。段差を自分で上がるのだ。そこからさっきまでいた地面に飛ぶ。ぴょんっ。楽しいったら。ぴょんっと足が地面に着く。私の足だ。ぴょんっ。わあ。バランスとれるぞ。身体も転ばないぞ。上手く着地できるのだ。
きゃっきゃっと、喜び飛んでいた。
何度か飛んだら、ふっと体が浮いた。

お風呂場のドアの前は花壇になっていた。花壇の周りには、びっしりと石が敷き並べてあった。お花達用の花壇の特別な土が、雨などで流れ出さないように。念入りに良い石を選んで、祖父たちが丁寧に並べたのだ。
お風呂場の入り口の前には、ひときわ大きく細長くとんがった石が真ん中にひとつ。その次に大きくてとんがった石が左右に二つ。その三つは、特に祖父のお気に入りで、お風呂場の前に並べられていた。
私はその真ん中の、一番大きくてとんがった特別な石に頭から落ちた。

ぎゃんぎゃん泣いて泣いて、泣き止まなかった。祖母は私を抱き抱え、一心不乱に祈っていた。お店には人はいなかった。

ひとしきり泣いていたら、お店に一人の紳士が入ってきた。常連さんだった。
泣いている私と、止まらない流れている血を見て、驚いた紳士は、ポケットからハンカチを出した。
その真っ白いハンカチを、私のオデコに当てて、血が止まるまで抑えてくれていた。

私は泣くのをやめた。泣くのをやめたら、オデコが痛くなった。また、泣いた。それでも、親切な紳士は、ハンカチをオデコに当ててくれていた。私は優しい紳士のお手当てで、だんだんと泣き止んでいった。

ああ、私は、大きくなったら、この人のお嫁さんになろうと思った。

数年後、道で紳士にばったり会った。紳士はやはり、紳士だった。

母の実家は、町からバスで暫く山道を登った所にあった。
段々畑でお米や野菜を作り、庭には牛や鶏が居た。
縁側には、干柿が吊るしてあって、いつもオヤツにたらふく食べさせてくれた。
居間には囲炉裏があって、皆んなでそれを囲んで話をしたりして、和んでいた。

田んぼの時期には、近所の人達で、一軒一軒を手伝って回っていた。父母も手伝うので、私も稲を植えたりしていた。とはいっても、まだまだ幼かったので、入りたがったら田んぼにちょこっと入れてもらって、稲をちょこっと、植える真似をさせてもらって。ヒルがいるからと、外に出された。

近くに小川が流れていた。魚もとれた。畑の野菜や、魚を焼いて食べていた。
近所は皆んな仲が良かった。
祖父は山で木を切ったりもしていた。炭になる木を切っていた。

炭屋をやっている祖父は、大きなトラックに乗っていた。このトラックで炭を運ぶのだ。私は祖父の隣に乗せてもらって、景色を楽しんでいた。
バイクも好きで、カッコ良いバイクを持っていた。そのバイクにも乗せてもらった。小さかった私は後ろには乗れないので、祖父に抱っこされるように、前に乗せてもらっていた。顔にあたる風が気持ち良かった。大きな祖父は、カッコ良いなと思っていた。


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