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2/19(水)〜26(水)経験

こんにちは!風吹です!
今回は、「高校一年生編」を書いていきたいと思います。
下の記事は、「中学三年生編」ですが、それよりも前に遡れるようにもなっていますので、まだの方はまずはこちらからご覧ください!!

環境

私がいろいろなことに疑問を持ち勉強をし始めたのが、高校に入ってからでした。
中学の時の監督ではなく、高校の監督になるので考え方も違います。
そういうのも影響したのだと思います。

高校では本格的に、体重管理を正確にしなければならない減量が始まります。食事の方法や栄養について知らなければなりません。
他にもウエイトトレーニングが始まるので、トレーニングの方法やケアについても勉強する必要があります。
後、メンタルトレーニングにも興味があったのでいろいろな本を買って読んでいました。

これも今となっては高校の環境のおかげかなと思います。

インハイ予選

高校に入学してすぐに、インターハイの予選があります。
私は、中学から66kg級(60.1kg〜66.0kgまで)だったので、当然66kg級にエントリーします。
他にも全国大会を狙える先輩がたくさんいるので、校内予選から大変だなーと思った記憶があります。

ある日、監督に
「校内予選免除してやるから60kg級でエントリーしてくれないか?高一からインターハイに出場できるのとできないのでは大きく違うぞ?」
と相談されました。

そして私は、「予選なしとかめっちゃ楽じゃん」と思ってしまったのです。
本当に今思うとなんて馬鹿な理由で選んでしまったのだろうと、この選択を後悔しています。
本当に先のことを考えているのであれば、こんな楽な道に走るような選択はしないと思います。

失敗

監督の相談にまんまと乗ってしまった私は、その日から、県予選へ向けて初めての減量を開始しました。
当時は65kgくらいあったので、5kgの減量です。
約三週間で5kg落とさなくてはいけなかったので、体重を落とす時間はあまりありませんでした。

毎日、夜ご飯は豆腐のみ。全然お腹いっぱいになりません。
最初のうちは蓄えがあったのか、2、3kgはストンと苦しむことなく落ちました。
しかし、減量の苦しいところはここからです。残りの1、5kg〜2kgが本当に落ちないんです。
初めて減量する私にとっては、

減量=食べてはいけない

だったので、もっと減らさなきゃ、もっと練習で汗をかいて体重を減らさなきゃ、
とどんどん自分を追い込んでしました。
サウナスーツを着て練習して汗をかいて、半身浴をして汗をかいて、水分もほとんどとらず、ご飯もほとんど食べず、、、

こんな生活を続けていれば、体に相当負担をかけます。
朝練でその日の体力を使い切ってしまうので、授業中はボーッとして内容は入ってこない、練習は力が入らずうまくいかない。
負の連鎖が止まりませんでした。

当日

なんとか体重を落とし、計量をクリアした私は、まだ試合もしていないのに
達成感というか、気持ちが終わってしまった
のです。
当時はまだ当日軽量なので試合当日まで気が抜けません。
100gでもオーバーしていたら失格なのでそこに全力を出してしまったのです。
軽量後は、今まで抑えていた食欲が解放され、食べたいものを食べまくりお腹一杯になって眠たくなってしまいました。
本当ならば、エネルギーを補給して、すぐに戦える状態に回復させなければいけません。(ざっくりな説明ですが、これがリカバリーです。現在は前日軽量なのでリカバリーの時間はあります。)
でもそんなことを知らない私は、心も体も試合の準備すらままならない状態です。
そんな状態で勝てるわけがありません。

結果は準決勝で敗退しました。

力が入らない、集中できない、眠たい、吐きそう、緊張する、と負ける要素しかありません。今までの苦労も、間違っていたことに気付きました。
間違った方法でどれだけ頑張っても報われません。努力は人を裏切らない、という言葉をよく聞きますが、半分正解で半分間違いだと私は思います。
「今でしょ」で有名な林先生も似たようなことをおっしゃていたのですが、
「正しい知識で、正しい方法で、繰り返し行う努力が報われる」
と考えています。
つまり、この時の私は、間違った知識で、間違った方法で、何も考えず行った結果が、負けにつながりました。試合どうこうではなく、戦う前から負けていました。

終わりではない

インターハイ予選が終わり、減量の難しさを学んだ私は
栄養学」を様々な本を読んで学ぶことにしました。
体重管理も練習のうちです。
全日本合宿でも減量を経験している人から、実際に経験している人から話を聞いたりとなるべく情報を集めることにしました。
経験している人がどんなことをしているか」と
本から得た情報」をリンクさせながら、自分にあった方法を探そうと思ったのです。
考えて実行しなければいけないので、実際はそんな簡単にはいきませんが、、、

国体予選、全日本ジュニア予選と試合のたびに、様々な方法を試しました。
夏場の減量でサウナスーツをきて走っていたのですが、意識が飛びながら走っていたこともありました。気づいたら練習が終わっているんです。笑
脱水症状で気絶して、でも体重を落とさないといけないという使命感で体が勝手に走っていたと思うのですが、異変に気付いた監督が止めたらしいです。笑
流石に命の危険を感じて、びっくりしました。笑
上記の二つの予選はいずれも決勝戦で負けてしまいました。
が、少しずつ減量の仕方がしっくりくるようになってきている事を感じました。

春高予選

様々な減量法を試行錯誤しながら時は進み、一月。
高校三冠のうちの一つである、全国高等学校柔道選手権大会(春高=春の高校選手権)の予選があります。三年生が引退し新チームで迎える初めての全国大会です。
私は、60kg級でエントリーをしました。減量もうまく行き体重調整も完璧でした。

結果は優勝でした。一年間負け続け、ただその負けの中には、様々な人に協力をしてもらって試行錯誤を繰り返して得た、意味のある勝ちでした。嬉しかったです。
この日からまた全国大会へ向けた練習が始まりました。
大学に出稽古へ行かせてもらうこともありました。
最後の遠征の練習が終わり荷物を片付け、試合まで後二週間、体重もいい感じで落ちてきている。
組み合わせも発表され、初戦でリオ五輪銅メダリストの高藤直寿先輩と対戦できる高揚。
そんな時、まさかのことが起こってしまいました。。。

それは、

2011年3月11日「東日本大震災」です。

テレビを見たら、津波が起き衝撃を覚えた記憶があります。
当然、試合どころではなく中止になり、試合会場である日本武道館は避難場所になりました。本当に悲惨な災害で、忘れてはいけない出来事の一つとして、生徒たちにも伝えていきたいと思います。
大変不謹慎ではありますが、当時の私は試合がなくなり無気力になってしまったことも覚えています。

高校初の全国大会挑戦は、予想外の形で終わってしまったのですが、大会を経験することよりも多くのことを考え、学ぶことができました。

そして一年を通して最初の判断こそ後悔したものの、プラスに考え、成長できたことは、胸を張ることができます。本当に人生とは自分次第だなと痛感します。
失敗からどれだけ学べるか、成功の中の失敗からどれだけ次につなぐことができるか、これは教えられても自分で経験しなければわかりません。

次回!!

読者の皆様、更新がなかなかできておらず大変申し訳ございません。
継続できるように頑張りますので、これからもよろしくお願いいたします。

次回は「高校二年生編」です。
将来に関わる大きな転機が訪れる内容となっておりますので、ぜひ楽しみに待っていてください!!

今回も、読んでいただき本当にありがとうございます。
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