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会話を止める勇気

人間年を重ねると、どこかしらに「老い」を感じてくるようになると思う。シワができた、筋肉痛が2日後に来た、傷跡がなかなか治らない。

私の場合、年のせいなのか何なのかはわからないが、とにかく最近会話の中で「聞き間違い」「勘違い」が酷い。本当に酷すぎる。

数年前、会社の男の先輩に「ショックやな〜。ニュース見た?武井咲が路駐してたんや〜〜。俺好きやったのにな〜〜。。」と言われて、え?武井咲自分で運転するんだ?と思いつつも「いや〜それくらいいいじゃないですか・・。芸能界も先輩も厳しいっすね。」と応えた。先輩から「いや路駐はアウトやん」と言われた。
話を聞いていると、”路駐(路上駐車)”ではなく”路チュー”の間違いだった。

つい先日は、あまり親しくない派遣の人に「あのぅ・・こんなこと聞いていいか分からないんですけど、ネギ中さんって、『旦那さんの女』が家に来ますか?」と聞かれた。おやおやなんて重たい相談なんだ、と「えっ?!きませんけど・・・。ていうか、そういうタイプじゃないっすね。」と応えた。すると「そうなんですね〜。。うちなんか2週間くらい泊りでいるんですよ。すごい疲れるんですよ。」と言われたので思わず「大丈夫ですか?!」と言ってしまった。
よくよく聞くと、”旦那さんの女”ではなく、”旦那さんの親”だった。

こういうエピソードが生まれると「アンジャッシュのコントみたいで面白いじゃ〜〜ん」と言われることもある。(小嶋だよ!!)(児嶋では)だけど、これかなり深刻な問題だ。勘違いをした会話の相手が、常に親しい人であるとも限らず、特に仕事中はヒヤリハットが多いので、結構やばいなと思う日々である。

なんで勘違いをするのか。私の聴力レベルがアホほどに低い、ということがまずある。まぁいい。これはあまり問題ではない。実は、最も重要視しなければならないのは、私が「理解・納得していないのに、話を聞き続けてしまう癖」があるということだ。というのに最近気がついた。

記憶を辿っていくと、少し思い当たる節がある。血迷って中学受験をした小学校時代、塾の先生に分からない問題を聞きに行って、説明を受けることが苦手だった。「先生、という大の大人の方に相談に乗っていただいているのだから・・・」と謎の遠慮が出てしまい、「ちょっとよく分かりません」の一言が言えなかった。
説明を受けている時、なんとなく自分が分かっていないことに、うっすらと自覚はあった。「(分かったような分からないような、言わんとしていることはわかるような・・。あ〜でもやっぱモヤモヤする。。でもでも、どう聞いたらいいのか分からないな。うーんこれ以上聞くと申し訳ないし面倒臭いしまぁいいや)あーはいはいはい!!!!うん、分かった!!解けます!!!アリガトウゴザイマシタ!!!」と、半ば投げやりな状態で先生から逃げ去り「わかったふり」をしていた。おかげで試験では全く問題が解けなかった。(ダメじゃん)

この癖がきっと日常の会話の中にも潜んでいて、冷静に考えれば理解し難いことだらけなのだ。「武井咲が路上駐車」とか、なんだそのニュース、と思うし、「旦那さんの女」って、普通言わんだろうが。とツッコミたくなる。会話の中で自分が納得できないことがあっても、「ストップ」をかけることができない。相手に「え?どういうことですか?」の一言が言えない。別に意識的に言わないようにしているのではなく、本当に無意識で人の話を垂れ流すように聞いてしまう。

もうツッコミ不在の人生はやめよう。納得するまでイエス!とは言わないわよ、と思うけど、気がついたら気が緩んでアホ返答をしてしまう。人から見れば、雑にいうと、「天然だね〜」という話だが、これが何歳まで許されていくのか。いやダメでしょう。引き続き気を引き締めていきたい。ウッス。

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ネギ中

アコーディオン弾きで大食いの女です Yann Tiersenは神
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