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【習作】彼は言葉に随(したが)った。

彼は言葉に随った。

於兎沢ちさと


   ◇ ◇ ◇


 その古い手紙からは、雨(あめ)の香(か)がした。
 孤独な旅人がひそやかに籠(こ)めた切ない想いのように、ほのかな温(ぬく)もりと、儚(はかな)い幸せと、別離(べつり)の痛みと、しかし迷える心――そんな事ごとが脳内を去来(きょらい)し、忘れられた約束を思い出させた。

 それを見つけたのは、中古で売られていた読みかけの本からで。

 窓辺の椅子に座りながら、彼は読み進めた。
 そこにあるのは、街角の詩人の朗々(ろうろう)とした響きではない。
 微笑む少女にみられるような、導きの光でもない。

 星空のしたの静かな時間、流れ星を待つあいだ、帰るべき場所を知らぬ旅人の小さな口笛と、微(かす)かに口ずさむ詩吟(しぎん)。
 そんな音色(ねいろ)が聞こえてきそうな手紙は、だれが書いたとも知れない。
 彼が予想するには、おそらく二十五歳を過ぎた青年といったところだろうか。

 遠い故郷を覚えて叙景(じょけい)したかと思えば、ささやかな恋心と失恋、そのときの友人の支え、その友の料理人となってからの未来についても、徒然(つらつら)と綴(つづ)り合(あ)わせて、自分自身との和解を図(はか)る。そんな意図もあろうかと思われた。 

 実際その文章には、脈略など無い。
 それでも、親しい人に宛(あ)てたらしい手紙には相違(ちがい)なく、降りつづく雨音のやさしさ、誠実さで、道の先に新たな門出(かどで)を目指す心が映(は)えているように思われた。

 ただただ、雨の香が響く。
 ぷん、と漂(ただよ)う気配をそのままに、彼は椅子に背を凭(もた)せ、読み終えて深く気息(いき)を吐き出した。

 まるで自分に宛(あ)てたかのよう。
 まるで、自分を咎(とが)めるかのよう。
 まるで、自分を慰(なぐさ)めるかのよう。

 不思議な手紙は、彼の気を惹(ひ)いて已(や)まないでいる。
 読了(どくりょう)しても、遠い記憶のなかを泳ぐ彼は魚(さかな)だ。
 雨後(うご)の水たまりを大きくした池のよう、その水底(みなそこ)に、流れに合わせて踊る銀色(ぎんいろ)。
 水面(みなも)から差し込む光もちらちらと、表層意識をなぞっては落ちる。

 彼はどうしたものか、と用意してあった綱(つな)をみつめた。
 綱の先には、円(まる)く、輪っかが念入りに絞ってある。
 その輪っかはドーナツの穴ぼこより大きい。
 浮き輪よりは小さい。
 頭をくぐらせることができる程度で、それが決(け)して、キツ過ぎないもの。

 もう、低い天井から垂れ下がったそれに、首を委(ゆだ)ねるような気にもならない。
 ほんの些細(ささい)な出会い――最期の最期で読みたいナ、と思った書籍(しょせき)が、決してそれ自体ではなく、運んで来たもの。
 その古めいた手紙の正体は、罰か。救いか。

 だれかの思いに身をまかせる。
 そんな時間が自分を生かす。
 不思議なことが、いつも彼をつなぎ止めている。
 それらの事ごとを、彼は、低くは見做(みな)さない。
 高く見積もるわけでもない。

「コーヒーを淹(い)れようか、」と独(ひと)りごつことで、ようよう、彼は伏(ふ)せた眼差(まなざ)しを上げた。
 目蓋(まぶた)そのものに重石(おもし)が載(の)っているかのようで、ただそれだけで疲れを感じた。

 言葉のちからが、どれほど大きいか。
 ただの一言が、その連なりが、どこまで自分を運んでくれるか。
 そんな流れにまかせて、生きるだけのことが、どれほど難しいか。

 鈍々(のろのろ)したままの所作で、椅子から立ち上がる。
 彼は言葉に随(したが)った。
 そんな日もあってよいか、と――彼はぽつりと零(こぼ)す。
 そんな日が増えたらいいな、と。
 呟(つぶや)かないまま、ただ考えた。

   ◇ ◇ ◇


(取り留めもなく、表現の羅列に。
 脈絡も無いまま、練習したまでの。)

 ここまでお付き合いくだすった方々、ありがとう御座います( ..)"


※なお、筆名を変えたくなる衝動が定期的に訪れます←
 今回については、身近に同名の人物がみつかり……というだけの理由なのですが。

 変えるとしたらどーしょっかの、と迷い中です🤔
 案はあるけれども。うーむ( ˘ω˘ )

 さてあれ、みなさまに良き一日がありますように𓂃 𓈒𓏸🥐

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