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【カオス病院 #9】服役中の人が病気になったらどうなるの?〜入院編〜

刑務所に服役中の人が入院することは、私の病院ではそんなに珍しいことではない。提携先の病院なので、割と頻繁に受刑者の入院を受け入れている。

受刑者も人間なので病気になるのは当たり前だが、病院で働く以前は受刑者が行く医療機関のことなど、考えたこともなかった。「服役中、心臓発作のため市内の病院で~……」という報道を耳にすることがあるが、まさにその病院の一つが私の病院ということだ(※医療刑務所という施設もあるが、全国に四カ所のみ)。

前回(【#7】服役中の人が病気になったらどうなるの?~外来編~を見てね!https://note.com/fujimi_hazuki/n/n4eb25cc4705f)、腹痛で外来を受診した受刑者の恐山重治(おそれざん しげはる)さんは検査の結果、やはり入院することになった。

入院中とはいえ服役中であるため、見張りの刑務官が必ず複数人で24時間付いている。しかも、ただ見張っているだけでなく、腰に括りつけた紐をしっかり握っている。手術直後で暫く目が覚めないような状態でも、これは変わらない。もちろん、かなり異様な光景なので一般の人の目に触れぬよう、個室に入院してもらう。

刑務官のすごいところは、彼らの威厳が退院するまでずっと維持されていることだ。普通、一日中同じ空間にいたら、緊張感が薄れてしまうものだと思う。だが、彼らは何日経っても威厳のある刑務官のままなのだ。

最初は病室に入るのも恐がっていた私だが、こうしてきちんと刑務官が見張ってくれているという安心感もあり、すっかり慣れた。そんなある日のことだ。

「おはようございます。回診です~」

「おう、お疲れさん!」

声をかけて病室のドアを開けると、威勢の良い返事が聞こえてきた。恐山さんは、こうして毎日挨拶してくれるし、礼儀正しい。病衣を着ていると特に、ちょっと目つきが悪いだけの普通のおじさんにしか見えない。背中には立派な入れ墨があり、覚せい剤取締法違反、暴行、脅迫などで服役中だということをつい忘れそうになる。

「あのさぁ先生、ちょっとここが痛むんだぁ」

声をかけられた茶良先生はすぐさま対応する。

「腕ですか! 診せてください! ん……!? これは……」

「昔、撃たれたところだ。最近こいつが痛みやがる。ん? なんかおかしいか?」

(う、撃たれた……!?)

その場にいた全員が絶句したのが分かった。そして、必死に平静を装っていることも。

お互い、間違っても目は合わせない。もしここで妙な動きをしたら、恐山さんがキレるかもしれない。気さくではあるが、彼は立派な犯罪者である。「日本なのに撃たれることとかあるんですね~」なんて言った日には、身の安全は保証出来ない……かもしれない。

何故なら、私たちはネームプレートを身に着けているからだ。実際、医師が患者に恨まれて起きた悲しい事故は存在する。名前が知られるのを嫌がってネームプレートをそっと隠す医師すらいる。もし怒りを買って名前を覚えられたら……そして刑期が終わって娑婆に出て来たら……。

とにかく、ここにいる全員がいわば一本の命綱で繋がれた運命共同体だ。誰かがおかしな動きをしたら全員の命綱が絶たれることになる。

とにかく穏便……!穏便に……!

「へぇ~~! 銃ですか!」

(なっ……!?)

テンションの高い声。初めて見る銃痕に茶良先生は目を輝かせる。ここで彼の医学バカが仇になるとは。

「結構大きい銃だったんですか!?」

(うわぁ……めっちゃ興味持っちゃってるよ……)

無情にも命綱き断ち切られてしまった。緊張がほとばしる。

すると「ガハハ!」という恐山さんの笑い声が響いた。

「いーや、なんも普通のやつよ。でもすっげぇ痛かったぞ~」

(よ、よかったぁ……)

命綱は切られたが、落下先にクッションでなんとか生きながらえた。そんな気分だ。

「ふんふん! なるほど~! 少し化膿してるようなので、軟膏出しますね! 看護師さんに塗ってもらって下さい!」

「おう! さんきゅーな、先生」

そうして私たちは病室をあとにした。

「もーーーーー! 先生! どんどん話突っ込むからびっくりしましたよ!」

「そう? だって聞かなきゃ分からないしょ! 恐がってちゃ診察できないよ!」

「た、確かに……」

茶良先生にとって、恐山さんは受刑者である以前に患者。

あの鋭い眼光に臆していた自分が少し恥ずかしくなった。

同時に、この先生いつか刺されるんじゃないか……と思ったのは内緒だ。

著者:藤見葉月
イラスト・編集協力:つかもとかずき

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