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彼の世界

 その海に彼は生まれた。
 島影も見えない、ただ水平線のみが真っ直ぐに天地を裂く静かな場所。飽くことなく波に揺られ、潮風に晒され、青の中にぽつんと彼は浮かんでいた。
 海と空と雲と風と光と。
 それが彼の世界のすべてだった。

 何時ものように午後の柔らかな陽光に微睡んでいると、ふと彼の耳が何かを捉えた。
 きいきいと耳障りな音。
 彼がこれまでに全く聞いたことのない音だった。
 まだ微睡みから抜けきらない、薄ぼんやりとした瞳を宙に彷徨わせると、雲にしてはかなり小さな白点がいくつも空に浮かんでいるのに気づいた。
 それは風のない昼の空を、忙しなく行き来している。無数の白点が群れ集い、離れ、幾何学模様をいくつも形作っては崩しながら、空に浮かんでいる。そこから、きいきいと音がするのだ。
 それが彼が初めて己以外の存在を知った瞬間だった。

どこか遠くかもしれない。会うこともないかもしれない。 でもこの空の下のどこかに、私の作品を好きでいてくれる人がいることが、私の生きていく糧になります。