ミヤチ

映像っぽい小説家 / 詩 / 共感覚。ふとした瞬間を切り取り綴っていきたい

ミヤチ

映像っぽい小説家 / 詩 / 共感覚。ふとした瞬間を切り取り綴っていきたい

マガジン

  • 詩 つれづれ

  • 写真の向こう側

    心に留まった写真の、向こうに透けて見えた物語をつづります。

  • 闇に揺れる火

    では、語ろうか 遥か昔に月に重ねた 遠い故郷のことを 里を失くした童の話を

最近の記事

私が世界について思うとき

私が世界について思うとき そこにはいつも空白があった 地平線へと没する荒野 雲流るる果てなき蒼穹 その空間には目に見えない 果てしなく巨大なものが住んでいて 時折、荒れ狂う風の音に、 微かにその吐息が混ざる その息吹に耳を澄まして 世界の広大さを思い 私は、息苦しくなる しかしその息苦しさが 私に可能性の在処を思い出させるのだ だから私は世界について思うとき いつもそこには空白を置く 新しい言葉を紡ぐために

    • 闇夜の嵐

      暴風雨に狼の遠吠えを聞く 孤独が狡猾な蛇のごとく這い寄り 冷気となって五臓六腑を締め上げる 闇を裂く雷鳴 私の声をした誰かの遠吠えが響く 軋む 悲鳴のように 歓喜のように 体の奥の赤い衝動が 腹の底から突き上げ 肉を割いて飛び出そうとする 唸る 悲鳴のように 歓喜のように 理性が築いた最後の防波堤が 今、赤い衝動に押し流されて行く そして私の衝動は 空っぽの肉体を引っ提げて 何処かへと飛びだそうともがく そして、吠える 暴風雨の中で仁王立ち 赤い衝動が迸るま

      • 微睡みに綻ぶ

        このまま微睡みに身を任せようか 誰もいないこの公園で あてどなく空想の世界を彷徨う 途切れぬ風に唆されて この身は少しずつ形を失い 大気に解けるだろうか 甘美な誘いの声が 遠くから私を呼ぶ 引き止める者もない私は そっと声の聞こえる方へ 何も言わずに一歩を踏み出す 梢が肯定するように 頭上から囁く 閉じた瞼の裏に踊る影が消え 身に纏う衣の重さは霧散し 梢の音だけに抱かれた私は 形を失いゆくことに安堵し 最後の息を吐く 暖かく昏い闇がじいっ、と 私が消え去るまでこ

        • 白き地平線に没する

          白き地平線に没する 遠ざかってゆく君の背は 彼方の白に溶けてゆく 届かない白の風景 響き渡る高音の騒音だけが 彼の背に追いすがっては爪を立てる 白き地平線 空に浮かんだ爪跡の名残 決して止まらないはずの時が 止まった気がした

        私が世界について思うとき

        マガジン

        • 詩 つれづれ
          8本
        • 写真の向こう側
          4本
        • 闇に揺れる火
          2本

        記事

          沈黙の車窓

          もやと山の間に心を預けて 移ろう景色に思考を投げる 脳内に広がる青い透明で ずっと「もし」を再生してる 何度も繰り返す それが、錆色に落ちてゆくまで ーー生々しい悲鳴が聞こえなくなったら 私は元の肉体に戻ろう だからどうかそれまでは 私に沈黙を

          沈黙の車窓

          彼の世界

           その海に彼は生まれた。  島影も見えない、ただ水平線のみが真っ直ぐに天地を裂く静かな場所。飽くことなく波に揺られ、潮風に晒され、青の中にぽつんと彼は浮かんでいた。  海と空と雲と風と光と。  それが彼の世界のすべてだった。  何時ものように午後の柔らかな陽光に微睡んでいると、ふと彼の耳が何かを捉えた。  きいきいと耳障りな音。  彼がこれまでに全く聞いたことのない音だった。  まだ微睡みから抜けきらない、薄ぼんやりとした瞳を宙に彷徨わせると、雲にしてはかなり小さな白点がい

          彼の世界

          仮初めの時

          「なあ、兄ちゃん」  少年は男の数歩先で反転し、男に向き直った。 「今晩はどこへ行くんだい?」 「そうさなぁ」  男は応えて、周囲を見渡した。  石を積み上げて建てられた同形の家々が立ち並ぶ、古い通りだ。道路に面して並ぶアーチ状の門から、壁に取り付けられたライトから暖色の明かりが投げかけられ、通り全体がオレンジに染まっている。遠く離れた時計台まで明かりは続き、9時を過ぎようとする針の並びまでくっきりと見える。  道を疎らに行く人々の顔は明るい。時々連れと笑い合う声が聞こえる。

          仮初めの時

          眠りの畔

           彼の肩から荷物が滑り落ちた。足下の砂利とぶつかり合い、ざわついた音を立てる。  木立を抜けた先で開けた視界。大きく蛇行しながら穏やかに揺蕩い、南西へと流れる川。水面を滑る緩い風に、さざ波が幾重にも広がり、水際で砂利に砕ける。夕日が川辺に立つ木の影を黒く水面に落とす。  遠い対岸に見える山は、空の茜とは一線、濃い藍に沈んでいる。山の向こうに沈む紅い夕日。その周辺で細い掻き消えそうな雲が、明るい橙の帯を南北に走らせている。  ……昼と夜の境。見えることができるのは、刹那の刻。

          眠りの畔

          草原をゆく

           荷が揺れる。左に大きく重心を取られて、彼はあわててハンドルを戻した。  つんと澄ました春空の下、彼は旅の荷を積んで、ぎいぎい軋む車を走らせていた。遥か彼方まで平に続く大地を貫くコンクリートの道。すれ違う車も居ない。獣の群れが、遠くからこちらを振り返るのが見つかるだけ。まだ春の芽吹きを迎えていない大地は、枯れ草色をして冷えた春の大気に身を縮めている。彼の走らせる車の音が、遠くに聳え立つ山脈まで響いていくようだった。  彼はハンドルから手を離して、小さく伸びをした。夜明けから車

          草原をゆく

          新宿駅にて

          五月雨が微かに吹き込む軒 水を含んだ冷風 身体の熱が僅かに冷える 緩やかな風にそよぐ髪の先 喧騒に降り注ぐ街灯 ありふれた夜の深まりを見つめている 見えない軛から放たれて 重い荷物一つを背負った身体 彷徨い歩く地面は固く 遠くの広がりに続いている 群衆の中の見知らぬ個となり 甘美な孤独を纏って歩く 無名の反響音を割くようにして

          新宿駅にて

          存在のあり方

          体に纏わり付いた鎖の数を数えて 自分の形を探していた 感覚だけが切り離されて 宙を漂う そこから見える世界は 透明で、何もない 必死に自分の体に手を伸ばして 現実の端を掴んでいる 私は、そういう形をしている

          存在のあり方

          ぬばたま

          遠くに見えたぬばたまの闇は そのほとりに立つと じんわりと蒼く滲む ひかりに目が眩んでいた 暗中で呼吸するその青 そのそっけない穏やかさに ずっと気づかずにいた 遠くに見えたのは踏切の橙か 時にけたたましい電子音を味方に 静かな青の闇を追い払う 背後に響く波の音 そのとき揺蕩う空間は ずっと闇のとなりにある

          ぬばたま

          闇に揺れる火【後編】

           鳥の翼が梢を叩いて飛び立っていく音で、彼は夢ともつかぬまどろみから現実へと引き戻された。咄嗟に姿勢を起こそうとして、岩の窪みにひどく頭をぶつける。鈍い痛みが頭の奥に居座っていたまどろみの名残を追いやっていく。  彼は右腕を胸に押し当てた上から両足を抱え込み、僅かな岩の窪みに頭を預けた不自然な姿勢のまま、いつの間にか寝こけてしまっていたようだ。木箱の向こうから陽が差し込み、最奥に座り込んだ彼の手元をぼんやりと照らしている。左手の先に鈴紐が絡み付いていることを確認して、一先ず息

          闇に揺れる火【後編】

          闇に揺れる火 【前編】

          月が呼ぶ 森へおいで、と 夜風に揺れる梢も 森の奥へとぼくを手招く 月明かりが道を照らし ゆっくり歩くぼくの影を 木々の影絵と一緒に揺らす ――では、語ろうか 遥か昔に月に重ねた 遠い故郷のことを 里を失くした童の話を  強い磯の香りのする丘から海を臨む。  遥か彼方で一直線に伸びる水平線は、灰色の雲が垂れ込める空を映して白く濁っている。海面に幾重も連なる波頭。甲高いカモメの鳴き声。海岸から駆け上がる風は、体に巻いた外套を強く押し付け、彼の体を回り込んで彼方の山へと飛

          闇に揺れる火 【前編】

          御霊送り

           男は傍らの大木の幹に手を掛け、息をついた。  降りかかる木漏れ日が風に揺れる。……その陰で、小さな寺が緑に埋もれていた。苔の屋根を葺いたそれは、退廃へと向かいながらも溢れる光を受けて静かに息衝いている。  ――また来たのか。 「手土産は何もないがな」  眼前に居座る銀狐に苦笑した。降り注ぐ緑光を体表面に纏わり付かせ、尾の先でその光と戯れている。滑らかな毛並みに埋もれるような両の蒼い目は、今も泉界の淵を覗いているのだろうか。  男は銀狐の傍らに腰を下ろした。  此処は泉界との

          御霊送り

          苔むした理想郷

           ちゃぽん。  苔色に濁った水面が波紋を描く。  池端に据えられた、本来持っていたはずの温もりの色を雨に流された、灰色のベンチ。そこに一人の老婆が腰かけていた。  ちゃぽん。  藻で粘着性を得たかのように見える水面が揺れる。  のったりとした波紋を目で追っていた老婆は、ふと視線を上げた。薄く緩やかに流れる霧の向こうを見据えて呟く。 「どなたかな」  霧に映る影が動きを止めた。老婆の掠れた声が霧に失せてしばらくの後、影は応える。 「……あの」  その言葉の

          苔むした理想郷