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取締役の課題

日経新聞で10月4日から3回にわたって、「企業統治の課題」というテーマの記事が掲載されました。取締役のあり方について取り上げた内容です。3回の記事から、個人的に印象に残った点を3つ挙げてみます。

1.「執行」だけではなく「方向付け」が必要

記事「企業統治の課題(上)」では、次のように書かれています。(一部抜粋)

これまでの企業統治では、独立取締役比率の上昇、権限委譲を可能とする監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社の増加が図られてきたが、従来の執行偏重型の経営の是正ができたとは言い難い。依然、執行役員会が実質的に企業の中長期の方向性を決めるという認識だろう。

つまり、多くの日本企業が、成長実現に向けた迅速かつ果断な意思決定をもたらすガバナンス改革の本質から逃げ続けてきたということだ。日本企業は独立取締役に対しては統制面のみに目を向け、限定的なチェック機能以上の期待を持たず、投資家もまたそのような選任を見過ごしてきたといえよう。

ここで言う「方向付け」とは、中長期的に企業がありたい・あるべき姿をビジョンとして描き、それをどのように実現させるかの戦略を立案することです。同記事は、取締役会をはじめとする企業の統治機能、それに紐づく会議体の多くが、従来から予定されていることの進捗を確認したり運営上の個別問題点を討議したりする「執行」に終始していて、「方向付け」に時間と知見を投入できていないという指摘だと思います。

実際に、多くの企業で行われている役員会は、既定の事業計画に沿った売上・利益やそれに伴う事業の実施状況等の確認が中心で、中長期の方向付けについて討議されている時間の割合が少ないものになっています。

スイスのビジネススクールIMDによる国際競争力評価では、日本は「企業の機敏性」で最下位の64位だと同記事にはあります。例えばこのような指標からも、中長期の方向付けについて普段から考えることができておらず、日常的に取り組むことの必要性を確認することができそうです。

2.取締役のスキル開発が必要

記事「企業統治の課題(上)」から一部抜粋してみます。

PBRが平均4倍水準の米国などと比べ、日本の取締役会はスキル領域の脆弱さがたびたび指摘される。ファイナンス・企業戦略・デジタルトランスフォーメーション(DX)など、多彩な専門領域を熟知し、判断できる取締役会の人員構成こそが、成長志向の「攻め」の経営を実現できるのは明らかである。

しかし、企業統治改革に後れをとった日本では、果敢な成長志向の戦略をかじ取りし、促進できる十分な経験を持った独立取締役が少ない。この点から、経営判断に必要なスキルや経験を補い、取締役会運営を実効的にする取締役研修の重要性は、非常に高い。

6月末、経済産業省主催のコーポレート・ガバナンス・システム研究会は、数が増加する社外取締役の質の向上が改革の鍵となるとして研修コンテンツの充実を検討課題として挙げた。

しかし企業側も、著名企業の元経営陣など名誉職的な取締役に外部研修を施すことに、臆することもあろう。特に経営者だった社外取締役の多くは、長らく社内外での競争を勝ち抜いてきた経験からの助言を期待されているという意識から、足りないものがあるとの認識も少ない。

スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードを巡る議論の中で、成長・投資・事業再編などを促す統治改革の推進に向け、役員研修を含めて投資家が企業に働きかけるべき具体的内容や、企業側の実績開示義務なども取り上げられれば、長期リターン獲得へ向け実効性のある対話も進んでいくと期待できる。

同記事では、外国企業とも比較しながら、日本企業の取締役におけるスキル開発の必要性を説明しています。社外取締役を含めた取締役に対する研修が重要としています。

昨今話題となる「リスキリング(学び直し)」は、従業員が事業戦略を遂行する上で必要となるITを中心としたスキルを学び直す、個人が中長期にわたって持続性の高いキャリアづくりを可能にするために武器となるスキルを身につける、といったトーンで語られることが多いものです。他方で、上記の指摘は、事業戦略を立てる取締役が、自社の方向付けを行うためにリスキリングを必要としている、ということだと解釈できます。

たしかに、著名企業の元経営陣など名誉職的な取締役に外部研修を施すなど、あまり例を聞かない取り組みだと思います。闇雲に役員研修をやればよいというわけでもないですが、国際的な比較の観点からも企業を見た上でのこのような指摘は、参考にすべき示唆も含んでいると捉えるべきなのだろうと考えます。

3.取締役も多様性が大切

記事「企業統治の課題(中)」から一部抜粋してみます。

例えば、日立製作所は09年3月期、7873億円という過去最大の最終赤字を計上した。当時、日立マクセル会長の川村隆氏が会長兼社長に就任し、「社会イノベーション事業」へ集中する体制を整えるため、上場子会社5社の完全子会社化、赤字事業からの撤退、カンパニー制の導入などの構造改革に取り組んだ。

現在、全世界の従業員数は約33万人だが、そのうち海外は19万人で6割弱を占める。人財戦略では、グローバル人材データベース、グローバルグレード(ジョブ型評価)を通じてグループ連結の人事管理制度を導入し、ダイバーシティーを推進した。その結果、例えば本社人財部門の90人は、米国、インドなど計11カ国の出身者から成り、日本人は半数、女性も36人いる。

新卒中心だった国内採用も半数がキャリア採用となった。役員(執行役・理事)における外国人比率および女性比率は12年にいずれもゼロだったが、23年にそれぞれ20%(16人)、11%(9人)に増えた。年齢にとらわれない育成のため、17年からリーダーとなるポテンシャルのある多様な若手を選抜、部門や国を超えた異動を通じて育成する取り組みも進めている。

これらの改革を通じて、23年3月期決算は増収増益、3期連続で最高益を更新し、ROEは14%となった。時価総額も22年3月末の6兆円弱から9.4兆円(9月15日)に増大した。

この一連の改革の推進力となったのが、ガバナンス改革である。12年からは取締役の過半数を社外取締役とし、指名・報酬委員長は14年、取締役会議長は18年から社外取締役が務めるようになった。現在では、12人のうち執行役兼務が2人、社内非執行取締役1人、社外取締役9人であり、外国人5人、女性2人と多様性に富む。

取締役会の変化について、中西会長(20年当時)は「海外のグローバル企業経営を経験した社外取締役が参加するようになってから取締役会の雰囲気は大きく変わった。経営状況の実質的な課題を率直に問いただす質問が次々出てくるようになり、議題の説明者である執行役はしばしば答弁に苦戦することにもなっている」と述べている。その結果、取締役会は本質的な経営課題を多様な視点から侃々諤々(かんかんがくがく)と議論する場になった。小島社長も「変わりにくい大企業を変えるのがガバナンス改革だった」と取締役会の役割を指摘している。

重要なのは、スキルや経験の多様性を考慮して適切な人選を行い、社外取締役が事業や戦略に対する理解を深める仕組みを整え、自由闊達な議論に基づいて合理的な意思決定を行うことである。

上記2.にも通じますが、取締役のスキル開発を進めるといっても、1人の人が全方位的にあらゆる専門領域を深掘りできるわけではないと思います。各人が企業の方向付けを行う上で必要となる最大公約数的な知識・知見を高めながら、各論では各専門領域を深掘りした人材をそろえて、有機的な連携をしながら強みを活かし合う取り組みが必要という示唆だと認識します。

上記では社外取締役の重要性が強調され、事例の日立ではその比重が高いことが紹介されています。また、国籍・性別・年齢などもさまざまな属性の持ち主でチームをつくる多様性が目立ちます。

日立はあくまでも一例ですし、そのまま自社に当てはまるというものでもないと思います。そのうえで、最高益を更新し成果を出し続ける組織が取締役をどのように構成し、どのように協業しているのかという視点、「トップが自社の戦略や課題に適合する多様な人材を社外取締役に招請し、社内・社外取締役が議論を尽くして意思決定を行う(同記事より)」は、参考になると考えます。

(自省を込めて、ですが)能力開発に終わりはない、ということを改めて認識しました。

<まとめ>
取締役もスキル開発が必要。

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