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イノベーション活動を考える

4月2日の日経新聞「経済教室:企業経営の針路(中)」で、イノベーション活動の視点から見る日米の企業に関する内容が取り上げられていました。同記事では、日米における時価総額上位100社企業について、以下の紹介がなされていました。

・設立50年以内の企業は、日本より米国の方が多い。
・設立101年以上の企業も、日本より米国の方が多い。
・設立51年~100年までの間の企業は、米国より日本の方が多い。
・時価総額上位100社の設立後年数の平均値を日米で比較しても、米国の方が平均年数は長い。

つまりは、米国の時価総額の大きな企業は相対的に若いと言える一方で、時価総額の大きな長寿の企業も米国の方が多いと言え、時価総額の大きな企業の平均寿命の観点でも米国の方が長い、ということです。

私たちは時々、「日本は長寿企業の数が国別では世界一多い」と聞くことがあります。例えば、世界で最も古い企業は西暦578年に創立された日本の金剛組(寺社建設の会社)です。日本には100年以上続いている長寿企業が15,000社以上あり、2位のドイツでも1,000社以下などという統計もあるようです。確かに、長寿企業の絶対数では他国と比較し日本が格段に多い、このこともまた事実です。

しかし、ここで私たちは重要な前提に立つ必要があるでしょう。
それは、「企業の存立努力の範囲を超える、社会環境の変化の有無」です。

日本は、比較的平和な状態が保たれ、現在の領土が基本的に継続してきた国家です。もちろん、沖縄や北海道をはじめ様々な歴史もあり、一概に「平和や同じ領土が保たれた」と言うのは無理があります。その上で、国際社会の中で多くの国が何百年にもわたって経験した、大きく国境線が変更されたり植民地化されたり、人口が半分以下になったような大きな戦争などが、日本にはなかったのも事実です。社会の断絶や企業活動が継続困難になる環境は、比較的(他国と比較すると)限定的だったと言えるでしょう。

つまりは、環境的に恵まれていたというわけです。この前提を考慮せず、「日本企業の経営の考え方・やり方は、中長期的継続の観点からは優れている」などと考察してしまうと、本質を見誤ることになるでしょう。実際、企業経営者・幹部と話していても、「うちら日本企業は短期スパンじゃなくて長期スパンで考えるところあるよね」という会話を聞くことがあります。しかし、これは本質ではないと言うべきでしょう。

冒頭のデータに戻ると、改めて次のことが指摘できそうです。
「日本には長寿企業が多いが、そのほとんどは時価総額の小さな企業である」

企業戦略は各社により様々です。必ずしも小さいことが悪ではなく、小さいままで生き残る方法を実践し続けることも、戦略のひとつです。その上で、時価総額がまったく変わらないまま何十年と会社が継続したとしても、社会的な価値の大きさは変わっていない(むしろ、経済全体のパイが大きくなれば、そのパイの中に占める価値の大きさは下がっている)と言うこともできます。

さて、米国の方が日本より長寿企業が多いということは、既存企業・大企業が新規事業やビジネスモデルの刷新などを通してイノベーションを実現させ、自社や経済を成長させていくことについて、米国の方が活発にできていそうだと言えそうです。

米国は、新興企業・ベンチャー企業が既存大企業と入れ替わってイノベーションを起こし経済成長していくイメージが、一般的には強いと思います。しかし、それはグーグル(アルファベット)、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト(GAFAM)など一部の有力企業に引っ張られた偏ったイメージと言えるでしょう。実際にイノベーションを牽引しているのは、既存企業の面があると言えそうです。

この視点は既存企業とその従業員に、もっと日常的に長期スパンの観点でイノベーション活動に取り組むことの重要性を示唆していると思います。しかし、私たちはなかなかイノベーション活動に踏み込めないものです。その理由を私なりには「3つの壁」としてまとめています。

・知識の壁
これまでの経験で身につけた知識や習慣による固定化された思考は、柔軟な発想や新たな視点による気付きを阻みます。自身の経験に基づく知識や習慣(「○○はこういうものだ」という無意識な固定概念)に縛られて、問題解決が妨げられることを、心理学的には「機能的固着」と言うそうです。

例えば、「あるフレームワークを使って企画したらうまくいった。それ以降、何かの企画の機会には何でもかんでもそのフレームワークを使いたがる。」「まず一緒に飲むことで相手の懐に飛び込み難易度高い営業案件もこなしてきた。その人は、飲めない相手に対しても酒を強要したがる。」などのイメージです。機能的固着からいかに離れられるかが、イノベーション実現につながる創造的思考の要件のひとつと言えるでしょう。

・感情の壁
新たなものを創造しそれに自分を適応させるより、現状維持にとどまるほうが楽です。感情の動物であるヒトとして本能的に身についている「変化への恐れ」を乗り越え、現状打破を目指す志が大切でしょう。

・視野の壁
現状打破し柔軟な発想をしたいと思い、固定化された思考と一線を画して物事を見ようとする姿勢があっても、目の前の出来事をありのままに捉えることができなければ、創造的思考は発揮できません。「○○と言われ始めているが、その影響を自社が受けるのはだいぶん先」など、根拠なく安心し目をそらすことなどはその典型です。自分や自社の都合でモノを見ないようにし、物事を素直に受け止め見ようとすることが大切でしょう。

この3つの壁を打破してイノベーション活動を日常の業務活動の中に織り込むのは、簡単ではないでしょう。では、どうすればよいか。ここでは2つほど方法を考えてみます。

ひとつは、日常の中でイノベーション活動をせざるを得ない環境を、組織的に設定することです。
有名な3Mの「15%カルチャー」(業務時間の15%を自分の好きな研究に使ってもよいとする)に倣ったルールを、グーグルなども取り入れています。イノベーションを考えることに専念する時間を、ルールとして設定しているわけです。

「壁を打破してイノベーション活動をしよう!」とスローガンを掲げただけでは、私たちはなかなか動けません。無理にでも動かざるを得ない、ある種の外圧を個人にかけることで、はじめて動ける側面があるものです。そうした外圧となるルールを決めてしまうことです。(もちろん、その結果出てきた発想を結局思い付きレベルで終わらせたり、逆に闇雲に事業化したりすればいい、というものでもありませんが)

もうひとつは、イノベーション活動専任の組織や人材を確保することです。
どんな組織でも、既存事業(既存顧客・既存業務プロセス)を深める活動を行っています。既存事業を深めることとイノベーションとは、一般的に相性が悪いものです。いくら15%カルチャーをルール化したところで、個人の心理としては成果が出やすい既存事業深化の方に意識も行動も向きがちです。よって、新規事業開発部や開発担当などを設置して、イノベーション活動に専念してもらうことも解決策のひとつでしょう。

どちらの方法も、マネジメントとしては腕の見せ所だと言えます。的を外した目標管理・ノルマ管理や、失敗を許容しない風土などでは、どちらの方法も効果を望めないでしょう。しかし、普段見聞きする企業の中には、イノベーション活動を阻害するルールや言動を見かけることが少なくありません。長期的スパンでイノベーション活動を育てるマネジメントになっているかどうか、振り返ってみるとよいでしょう。

<まとめ>
イノベーション活動を日常的に行うための仕組みをつくる。

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