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第七十二話:甘え下手で説明下手

『もうそろそろ時間だ』
「――あ、そうなんですか……」
 神様の言葉に、私のこの時間が終わる事を理解する。

 空間は入ってきた時の扉以外は全て真っ白な空間に戻る。

「また、来れますかね?」
『可能だ。それにこの施設でお前が何をしたかは決して記録に残らないから安心しろ』

 神様のその言葉に安心する。

『だが、この施設に甘えすぎるな。同じ施設がお前の国にも存在するが――それを使いすぎるということは、お前の歩む道に置いては良くないことだ』
「……そうですね」
 それ位私にもわかる。

 今の私は、誰ともまだ明確に付き合っていないし婚約もしていないからいい。
 でも、婚約後――この施設に依存しているのであれば、それは彼らにとってそれはあまりよくない事だ。

 それは「自分達では役不足」とか「自分達では共に歩むに足りない」と思わせてしまうから。

――今だけ、そう今だけ――
――皆と歩んでいくのが私の願い、一緒に幸せになりたいのだから――
『それを忘れずにいるなら良い』

 神様はそう言って姿を消した。
 一人ぽつんと取り残される。

 鐘の音が響いた。
 美しく澄んだ鐘の音が。

「?」

 その直後扉が開いた。
「ダンテ様、お迎えに参りました」
 フィレンツォが中に入ってきて頭を下げてから私の顔を見る。
「ありがとう、フィレンツォ」
 私はそう答えた。

 多分すっきりとした表情で言っただろう。

 私のその顔を見たフィレンツォはほんの少しだけ、笑った。
「ゆっくりと休むことはできましたか?」
「ああ、出来たよ。有難う、フィレンツォ」
「ダンテ様が、休めれた事だけで私は嬉しいのです」

――どんだけ私が休むの下手だと思ってるんだよ!!――
『仕方ないだろうが、事実なんだからな』
――ぐむむー!!――

 神様の言葉通りでもあるので、反論はできない。

「じゃあ、屋敷に戻ろうか」
「はい」
 私はフィレンツォと共に、施設を後にした。

 屋敷に戻ると、居間のテーブルの上でクレメンテとエリアを見ながら頭を抱えていた。
 ブリジッタさんは、二人に気分転換を促すようにお茶を二人に出していた。
「何をしているのですか?」
 私が声をかけると、二人が同時に顔を上げた。
「ダンテ殿下……その御休憩の方はもう宜しいのですか?」
「ええ、ゆっくり休みましたから。それよりもお二人は?」
 私が問いかけると、クレメンテは酷く自分がふがいないような、そんな感じの表情を浮かべた。
「……お恥ずかしいことなのですが、今のままでは私もエリアも学院の講義についていけない気がして……その」
 酷く気まずそうにいうクレメンテの言葉の意味を理解して私は額に思わず手を当ててしまった。

 クレメンテもエリアも、今までの環境は良いものとは言い難い。
 つまり勉強面でも他の同年代の子らと比べて、あまり質が良いものを受けられなかったことがわかる。

 幾ら伯爵家の出であるブリジッタさんとは言え、王族の子が本来受けるような勉強を教えるのは無理がある。
 エリアに至っては表立ってそんなことができるような環境じゃないのは分かる。

「……」
 私が教えるのも構わないが、多分これはやらないほうがいい予感がする。
「フィレンツォ、お二人の勉強を見てあげてくれませんか?」
 私がそう頼むと、フィレンツォはにこりと微笑んだ。
「かしこまりました。クレメンテ殿下、エリア様、宜しいでしょうか?」
「え……その、宜しいのですか?」
「僕、なんかに、その……」
 戸惑う二人に私は微笑む。
「良いのですよ。それと、私はその教えるのが下手なので私の教師をやっていたフィレンツォが適任と思いましてね」

――人に教えるの、できない訳ではないが苦手なのでそういうのは正直、やりたくない――
――もともと、教えるのが苦手だから、それで精神的にきつくなるのは今は止めておこう――
『それでいい』

 神様の声が聞こえた。
 なら、きっとこれが正しいのだろう。

「そうですね、ダンテ殿下は覚える事と新しい事を考え作る、応用する事などは得意ですが、人に説明するとなると、文章にしないといけない程口頭での説明が下手すぎますからね」
「フィレンツォ、わざわざ私の事褒めた上で落とさないでくれませんか?」
 フィレンツォの言葉に若干棘を感じる。
 それも仕方ない、無自覚とはいえ無理して周囲に頼らず、抱え込んできた私が漸く頼ったのだ、嬉しい以上に「漸く頼りやがりましたかこの頑固主人は」的なのがあるのだろう。

 頑固というか、頼るの下手なだけなの分かってるんだけど、私の性格上自分から頼まないと後々拗れることが起きやすいからこそ、フィレンツォは私が頼る事を求めるのは分かる。

――もっと他人に甘えることができたらなぁ――

 とは思いはするものの、現在私が甘えられる、頼れるのはエドガルドに母、それとフィレンツォだ。
 父はちょっとその色々あって甘えるとか頼るのは何かしたくない。

――悪い人じゃないんだけど、たまにやらかすからなぁ――

 エドガルドと母は現在、共同都市メーゼには、此処にはいない。
 居るのはフィレンツォだけ。

 ブリジッタさんはそう言った事柄を頼れるような間柄でもないし、エリアにクレメンテも頼り合う程の関係にはなってない。
 ようやく繋がりができたアルバートとカルミネも同様だ。

 教授に頼るのはできない、こう言った事柄で私が頼るのは不自然だからだ。

「私が教えることができるのは基礎、と思ってください。専門的な事は教授達にお聞きするのが良いでしょう。学院ではそういう指導も行ってますので」
 私が思っていた事をフィレンツォが先に言った。
「――そうですね、それがいいですね」
 私は頷く。

 ただ、これでは少しだけ突き放してしまっている気がする。
 これは当たってるだろうかと悩んだ。

『そうだな、とりあえず自分にたずねてもいいが、説明ど下手くそになることを念を押していうように』

 神様からのちょっとイラっとくる助言を頂いた。
 けれどもそれは決して見せない。

「あの……ダンテ、殿下にお聞きするのは、その……」
 私がどう言い出すかと考えていると、エリアが良い感じに言い出してくれた。
「ええ、私で宜しければ」
 私がそう答えるとエリアは少しだけ口元を柔らかく緩めた。
「ただ、フィレンツォが言っているように、私はそう言った説明をするのが得意ではないのです、お恥ずかしいのですが。ですから私の説明で分からない箇所があったら遠慮なく言ってくださると助かります」
「は、はい……」
 何とか神様に言われたことを実行できて内心安堵する。
「ダンテ殿下、どうして説明が苦手なのですか?」
 安堵している矢先にクレメンテにたずねられ、私は言葉はどう説明したものかと悩んだ。
「その、私のこの反応で分かってくだされば……幸いです」
 そんなあまりにも説明になってない答えを返すことしかできなかった。
「これでお分かりいただけたと思いますが、ダンテ殿下は本当に説明が下手なのです。丁寧に説明をする場合は紙に一度書いてからの方が精度が上がるのです」
「ははは……フィレンツォの言う通りです」
「ただ、自分の中で既に揺るがず、もしくはぶれない状態にある事柄に関しては説明は迷うことなくできます」
 フィレンツォ言った言葉に、私は少しだけ耳を疑った。

――本当に、そうなの?――

 自分では知らない事。
 これは、事実なのだろうか?




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