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【ショートショート】パンツ屋

「あなた、忘れ物よ」
 と言って、お母さんがお父さんにパンツを渡した光景を鮮明に覚えている。そのとき私は、
「お父さん、会社でパンツを着るの?」
 と聞いた。
 お父さんは、
「会社には更衣室という着替え部屋があるんだよ」
 といって、派手な柄のパンツを鞄にしまい、出かけていった。黄色い地に黒の縞々模様が入って、私には読めない漢字が書かれていた。後日、「気」という文字だと知った。気合いの気である。
「ぼくもあんなパンツがほしいなあ」
 という願いは、中学二年生のときにかなった。高校受験のため塾に行くことになって、お父さんが高価な鬼のパンツを買ってくれたのである。鬼のパンツには「集」という字が書いてあった。
「どうして集なんだろう」
「集中の集だな。知識を集めるという意味もある」
 そのパンツを穿くと、意識が切り替わった。背中に棒が入ったように姿勢がしゃんとし、頭のなかがしんと澄み渡る。
 知識が染み入るように入ってきた。
 ドーピングだ。
(鬼パンツ、ヤバい」
 と思ったが、塾のみんなの真面目な顔を見ていると、こいつらも穿いてるなという気がするのだった。
 大学を卒業した私は、自分でも鬼のパンツ屋に出入りするようになった。
 鬼のパンツ屋にはほかにも怒りの「怒」とか、筋肉の「肉」とか、狂気の「狂」などと書かれたパンツも置かれている。誰がどんなときに穿くのか、想像もつかない。

(了)

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