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【ショートショート】和解の果て

「退屈だわ」
 とリサが言った。
 夫のゴロウはムッとした。
「オレは仕事ばかりで退屈するひまもない」
 ふたりは和解センターをたずねた。カウンセリングより効くと評判の精神療法である。
 リサとゴロウは更衣室のロッカーのような治療室に入った。
 人格が転移する。
 リサはゴロウに自分の仕事を説明した。
「頼むからへんなミスはしないでくれよ」
「任せてちょうだい」
 会社で、ゴロウの評判は上がる一方だ。仕事への集中力は高いし、細かい気配りもできる。なにより表情が明るくなった。
「君、対人スキルが上がったな。このまま頑張ってくれたまえ」
 と上司も褒めてくれる。
 一方、リサのほうは肩の力が抜けた。派遣の仕事は残業がないし、家事はいくらやっても苦にならない。近所の人とは緊張感なく話ができる。こっちのほうが全然楽じゃん、とゴロウの人格は思った。
 移転装置は一時的に人格を交換してお互いの立場を理解し、和解をもたらすものだが、ゴロウとリサにはそれ以上の効果をもたらした。
 ふたりは精神科医に人格を戻さないでくれ、と頼み込んだ。
 医者はうなずいた。
「いいですよ。向き不向きはありますからね。じつをいうと、私も元患者です」

(了)

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