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【ショートショート】淡い紅色の花

 タカシがその公園を気に入っているのは、一本一本の木の幹に丁寧に名前を書いた札がぶら下がっているからだ。公園にいる時間が長いタカシは植物の名前に詳しくなった。
 タカシはよく池に面した四阿あづまや で暇を潰していた。四阿の横にはこぶりなサクラの樹があり、二月下旬になると、淡い紅色の花を咲かせる。
 水面に映る花の色がとてもキレイで、タカシはその風景が気に入っていた。
 タカシのほかにもうひとり、サクラをゆっくり眺めていく女生徒がいた。タカシと同じ年頃だ。
「オカメザクラが好きなの?」
 とタカシは声をかけてみた。
「あの桜、オカメザクラっていうの? 私、大好き」
 彼女の名前はハナコ。塾へ行く前に眺めるのだそうだ。
 ふたりは仲よくなった。
 花が散っても、ふたりは日曜日の午後三時に待ち合わせ、いろいろな話をした。
 中学三年になり、彼女は父親の転勤で近くの県に引っ越した。
 ひとりになっても、タカシは日曜日の三時になるとオカメザクラを眺めていた。
 高校一年の二月のことである。いつものようにタカシがオカメザクラを眺めていると、ハナコがぽんとタカシの肩を叩いた。
「高校に入ってアルバイトできるようになったの!」
 ハナコはうれしそうだった。アルバイトのお金を使い、わざわざ来てくれたのだ。
「オカメザクラ、まだツボミだね」
「きっと三月のはじめには咲いているよ」
「また来る!」
 とハナコは元気に叫んだ。タカシは目の前に淡い紅色の花が立っていると思った。

(了)

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