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【ショートショート】型にはまる

「マンガ家になりたいなあ」
 と息子がいった。
 おとうさんは、
「そうかそうか」
 と言い、みかん箱とケント紙とGペンを買ってきた。
「なに、これ」
「マンガを書く道具だ」
「えーっ、いまはみんなパソコンで描いてるよ」
「みんなはどうでもいい。パソコンが欲しけりゃ、マンガ家になって、自分でパソコンを買いな」
「おとうさん、みかんはないの」
 とおかあさんが言った。
「ない。ほんとにみかんを箱買いすると高いからな」
 とおとうさんは答えた。
「こいつのマンガが当たったら箱買いでもなんでもしよう」
「けんた、がんばりな」
 とおかあさんは息子をはげました。
 息子は、みかん箱に向かって座り、うーんうーんと考え出した。
「なにを考えているんだい」
「お話」
「先に誰が出てくるかを考えたほうがいいんじゃないか」
 息子の頭の上でランプがぴかっと光った。
「海賊!」
 と息子は叫んだ。
 わかりやすいやつだなと思ったが、おとうさんは黙っていた。
 息子の頭の上で、ランプが連続的に光りはじめた。お話がどんどん進んでいるにちがいない。
「困ったな」
 と息子がため息をついた。頭から煙が上がっていた。
「どうした」
「絵がうまく描けない」
「そんなの描いているうちにうまくなるから気にするな」
「そっか」
 棒人間がうろうろしているマンガができた。
 おかあさんはレンタルビデオ屋にいって、海賊映画を借りてきた。
「ほら、これでもごらん」
「ふーん。海賊ってこんな格好をしていたのかあ」
 息子のマンガはだんだんそれらしくなっていった。
 というふうな過去の出来事はすっかり忘れていたが、マンガ家になった息子はインタビューに答えて、
「道具ですか。いまでもみかん箱とGペンですよ。これがなくちゃ描けなくてねえ」
 と言った。
 頭の上にはきっちりベレー帽が乗っていた。

(了)

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