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【ショートショート】すり鉢山

 ぼくが十歳になる前日に、父が、
「明日、山に連れていってやろうか」
 と言った。
 ぼくたちは盆地に住んでいる。
 東西南北に山があり、その稜線がつながって、盆地を形作っているのだ。
 ぼくはまだ盆地の外に出たことがない。
「わー、外が見えるかな」
「ああ、見えるぞ」
 ぼくは喜び勇んで、あとに着いていった。山は四つともすり鉢山と呼ばれている。ぼくたちは北のすり鉢山に向かった。
 母が二人分のおにぎりをもたせてくれた。
「ほら、これを持て」
 父が木の枝をくれた。ぼくはそれを杖にして、必死で父のあとを着いていった。
 朝早くに家を出たのだけど、頂上に着いたのは昼過ぎだった。
 目の下に雲が見える。
「高いねえ」
「ああ、高い」
 やがて強風が吹いて、雲は吹き飛ばされた。
 ぼくは目を見張った。
 なにもなかった。
 山の頂上の向こう側はどこまでも続く崖だ。
「外の世界はないの」
「ない」
 と父は言った。
「私たちは盆地のなかで暮らしている」
「ほかに盆地はないの」
「あるかもしれないな。だけど、そこに行く道がない」
 ぼくたちは黙々と山道を下って、家に戻ってきた。
「みんな、このことを知っているの」
「ああ、大人はな。知らないのは子どもたちだけだ」

(了)

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