区役所に行く用事ができた。
　交差点に向かって歩いてたら、だんだん通行人の密度が濃くなっていき、とうとう人の壁に遮られて、一歩も動けなくなってしまった。
　まわりの人を見ると、スーツに身を固めたビジネスパーソンらしき人からブレザー姿の女子高校生まで、真剣な表情でスマホの画面を見つめている。
「この先はどうなっているんですか」
　と年輩の男性にたずねてみた。
　彼は手ぶらの私を見て、
「あなた、どちらの陣営だね」
　と逆質問してきた。
「陣営ってなんですか」
「なんだ、なにも知らないのか。呑気だな」
「ニュースを見ないもので」
「道が渡れないんだよ」
「なぜですか」
「信号が赤だから」
「ずっとですか」
「ずっとだよ。まだシグナルハックをダウンロードしていないならすぐ始めなさい。そうしないと、私たちはいつまでもここから出られない」
　話の筋が見えないので、ニュースサイトを検索してみた。
　謎のハッカー集団が信号機のネットワークをハッキングし、攻略ゲームにしてしまったという。プレイヤーは赤と緑の陣営に分かれて戦っている。赤の陣営が信号機を攻略すれば信号は赤になり、緑の陣営が攻略すれば緑になる。
　赤の陣営に参加すると、信号機を一台攻略するごとに換金できるポイントが付与されるので、現在は圧倒的に赤陣営が有利。だが、それでは交通網が寸断されてしまうので、東京都が緑陣営に換金可能なポイントを付与することを昨日発表した。
　人数的には伯仲してきたが、戦闘ではこれまでの経験値がものをいう。緑陣営が必死に経験値を上げているのがいまの状況らしい。
「東京都がポイント付与って、それ税金ですよね。道を渡るのにいちいち通行税が必要なんですか」
　私がすこし気色ばむと、
「まだ渡れると決まったわけじゃない。ヘタすると、税金がぜんぶ無駄になるぞ。あなたもはやく経験値を溜めなさい」
　私はしぶしぶシグナルハックをダウンロードし、緑陣営に参加した。龍のキャラクターを選び、育成にとりかかる。地図画面に近所の信号機が表示されているが、どれもこれも赤ばかり。
「今日中に交差点の信号は緑になりますかね」
「なにを弱気な。緑にするんだ」
　まわりの人々は深くうなずいた。
　私の後ろにもずらりと人が並び、もう前にも後ろにも進めそうになかった。

（了）

目次