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【ショートショート】幽霊

 ガード下の居酒屋に入って、揚げ出し豆腐と焼き鳥とポテトサラダを注文した。飲み物は麦焼酎のお湯割り。
 ふと、無音が気になった。
「静かですね」
「すみません。私は音楽をかけるのがあまり好きじゃなくて」
 と店主は答えた。
「いや、そんなことはいいんです。気になったのは電車の音でね。まだ終電の時間でもないのに」
「電車の本数はずいぶん減っています。昔の騒音がウソのようです。あれもなくなってみると、さみしいものですな」
 店主は顎髭をなでた。
「そんなに減ったかな」
「一見走っているように見えますが、幽霊列車が多いんですよ」
「なんですかそれは」
「電車の幽霊です。音がしないからホームにいればすぐわかります」
「幽霊列車はどこへ行くんですか」
「さあ。乗った人がいませんから」
 乗ろうとすると、落ちるんだとか。実体がないのだから、当然そうなるか。毎晩酔っ払いを救助するのが大変なのだそうだ。
 私は会計を済ませて、店を出た。音のしない電車を見てみたい気もしたが、もう改札口はしまっていた。シャッターは錆びていた。
 電車会社に勤めている友人と飲む機会があったので、この話を伝えた。
「それ、どこの駅の話」
 私が駅名をいうと、友人はちょっと蒼ざめ、
「その駅、ずっと前に高架じゃなくなっているけど」
 と言った。

(了)

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