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【ショートショート】いとはん

「かんざし、探しにいこか」
 とお父ちゃんがいうてくれたのは、ワテが六歳のときやった。よう覚えてる。
 ワテらは枚方公園にかんざしをさがしに行った。
 一面に桜の花が咲いていてキレイやったわ。
 ぼーっとしているワテの手を引いて、おとうちゃんは谷を下りていった。
「あんまり大きなかんざしはアカンで。癖がついてしもとるからな。小さなかんざしを探し」
「かんざし、どこに生えてるの」
「いろいろや。落ち葉の下にも、木の枝の付け根にもあるで」
「ワテ、桜の木のかんざしかええなあ」
 ほかにも、かんざしを探しているらしい親子連れが何組がいた。
「あったあった」
 という女の子の声が聞こえてくる。
 ワテは一所懸命桜の木を見つめた。
「桜は触られるのをいやがるんや。手ぇついたらあかんで」
 とおとうちゃんが言った。
「あっ、あれ。かんざしとちゃう?」
「どれどれ」
「あの枝と枝の又のところ」
「ああ、ああ、たしかになあ」
 おとうちゃんが手を伸ばして、小指ほどのかんざしをとってくれた。
 大事にしていると、かんざしは大きく育った。本体から何本も鎖が下がって、その先には蝶やキレイな青い鳥がぶら下がっている。
「これはなあ、ええ家のいとはんが下げるびらびら簪や」
「ええ家のいとはんかあ。お父ちゃん、もっと頑張ってえな」
「なんか考えなアカンな」
 雑貨を扱う小さなお店を経営していたお父ちゃんは、商品にかんざしを加えることにした。かんざしを育てるのはワテの仕事や。
 気がついたら、店はずいぶん大きくなって、ワテはほんまに、
「いとはん」
 と呼ばれるようになっていた。ワテは簪を手に取った。
「おまえには感謝せんとアカンなあ」
 びらびら簪はうなずくように、しゃらしゃらと音をたてた。

(了)

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