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【ショートショート】登山

「だいぶ歩いたね」
「うん。歩いた歩いた」
 私たちは木陰に腰かけ、水筒から水を飲んだ。
 午前十時。
 朝はやくから歩いているからそろそろお腹が空いた。
「弁当にするか」
 私たちはリュックからアルミ箔に包まれたおにぎりを取り出した。
 富澤はがぶり、と銀色のつつみにかぶりつく。
 まわりが一瞬、ざわっとする。
「バカだなあ」
 と私は一見のんきそうに、でも内心はあわてて富澤に声をかける。
「いくら腹が減っているからって、包みごと食べてどうするんだよ」
 富澤は一瞬、不満の色を浮かべたが、仕方なしにアルミ箔をはがし始める。
 ぐるぐるぐるぐる。
 何重にもまかれたアルミ箔を剥がすと、おにぎりはほんの少しになってしまった。
 何人かが笑い声をたてた。
 昼食が終わり、私たちはぱんぱんと手を叩くと、立ち上がった。
「さあ、もう少しだ」
 とリーダーが言い、私たちはちょっと斜度を増した坂道をえいやこらと登り始めた。
 私は富澤の横に並び、小声で注意した。
「なんてことをするんだ」
「だって、ここがおいしいんじゃないか」
「バカ」
 と私は小声で言った。
 私たちにとっては好物でも、人間はアルミ箔は食べないのだ。そのくらいのこと、忘れないでくれ。

(了)

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