【ショートショート】消滅
夕方、公園の池のほとりを歩いていると、蚊柱に遭遇した。
「うわあ」
と言って、真ん中を駆け抜ける。
そのとたん、黒い雲のように密集していた蚊柱が消滅した。
振り向くと、ぼくが立っていた。
「どういうこと」
「どういうこと」
後ろのぼくはぼくと同じことをいう。
これはおばあちゃんが言っていた物真似虫に違いない。
ぼくが歩き出すと、物真似虫もぼくのあとをついてきた。
「ただいまー」
「ただいまー」
一緒に家の中に入る。おかあさんが凍りついた。
「あんた、なんでふたりいるの」
「物真似虫だよ」
「物真似虫だよ」
「どっちかホンモノかわかりゃしない」
「こっちだよ」
「こっちだよ」
声も動作もそっくりだ。
おかあさんは殺虫剤を持って来て噴射した。
物真似虫はひとたまりもなく蚊柱に戻って、窓から外に逃げていった。
驚いたのは、ぼくもまた蚊柱に戻ってしまったことである。まさか自分が物真似虫だなんて、思いもしなかった。
ぼくの消えた家の中から、
「ホンモノはどこに行ってしまったのかねえ」
というおかあさんの呟きが聞こえてきた。
(了)
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