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【ショートショート】お世話係

 会社をクビになった私は、時給の高い清掃業務で食いつなぐことにした。
 掃除会社の担当者は仕事内容を丁寧に説明し、
「オオツカさんには、三階の廊下と居室をお願いします」
 と言った。
 次の日から掃除にとりかかった。
 大きなビルは、昔、介護施設として利用されていたそうだ。廊下の幅は広く、居室も大きい。
 私は毎日、誰もいないビルの掃除を黙々と続けた。モップの扱いは面倒で、一ヶ月もたつと腰痛を発症し、左の小指が動かなくなった。
「力の入れ加減だね。そのうち慣れるよ」
 昼食をいっしょに食べるほかの階の担当者は言った。この道十年というベテランの高齢女性である。
「どうして私たちは毎日、無人の施設を掃除しているんですか」
「建物というのは掃除をしないと倒れるんだよ」
 私はうなずいた。
「そういえば、一時期、ビルの倒壊事故がさかんに報道されてましたね」
「老朽化ってことになってるけど、ホントは違う。寂しくて自殺しているんだ。解体して更地にするよりは、わたしらのような者に掃除をさせておくほうが安上がりってことさ」
「まるで生き物みたいですね」
「もちろん。ビルは生きてるよ」
 それ以来、私は世間話をしながら掃除をしている。まわりから見たら、独り言をずっと呟いている狂人にみえるにちがいない。

(了)

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