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【ショートショート】アリーナ

 目的のない一人旅である。
 移動手段はたいてい鉄道。ときどきバス。方角は北と決めて、だいぶ標高の高い場所まで来た。
 そろそろ夕暮れなので、電車をおりて宿を探そうとおもう。
 駅近のビジネスホテルには、三軒とも、
「満室です」
 と断られた。
 スマホを開き、駅から十五分ほどの場所に宿をみつける。
 ロビーの受付に初老の男性が気の抜けた表情で立っていた。
「宿泊をお願いしたいんですが」
 男性は顔を左右に振った。声を出すのも億劫そうだった。
「このあたりじゃ、無理だと思うよ」
「なにかあるんですか」
「あんた知らんのかね。山の麓に大きなアリーナができて、明日はライブがある。ホテルだけじゃとてもさばききれないから、客はこのあたり一帯に広く散らばっているよ」
 私は粘った。
「ひとりだけなんです。どこでもいいから寝られませんか」
「みんな、そういう」
 男性はため息をついて、
「ついてきなさい」
 というと、階段を上がった。二階の廊下にぎっしり宿泊客がいた。体育座りをして、自分の膝に荷物を抱えていた。目がギラギラ光っていた。
「夜はロビーで寝るそうだ。布団もないと言ったんだけどね」
 私は駅前に戻った。
 カラオケもマンガ喫茶もラブホテルも満室だった。
 途方にくれていると、道端で声をかけられた。
「あのう、チケット、買ってくれませんか。友だちが急に来れなくなってしまって」
「誰のライブなんですか」
 名前を聞いてもわからなかった。
 彼女はそのアーティストの魅力を語り始めた。これは終わらないと思ったので、場所をファミレスに移した。結局、彼女は徹夜で語り続けた。
 翌日、私はライブに参加した。みんな目がギラギラしていたが、いちばん輝きが強いのは舞台の上のアーティスト自身だった。彼の視線に射貫かれ、私は一瞬にして頭が沸騰した。

(了)

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