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【ショートショート】秘伝の粉

 吾郎は毎日、工場で団子を こしらえている。
 機械からぽとりぽとりと白いかたまりがベルトコンベアの上に落ちる。吾郎の仕事は手元のケースに入っている土色の粉をまぶしてそれを丸い形に整えることだ。
 ベルトコンベアは壁に空いた穴を通って隣の部屋に流れていくので、吾郎にわかるのはそこまで。土色の丸いものがその後、どのように整形され、どんな製品になるのかはわからない。
 ひとつだけルールがある。団子を作るときにはかならずゴム手袋をすること。部屋から出るときにはゴム手袋をダストシュートに破棄すること。
 ゴム手袋は部屋の入り口の棚にたくさん積まれていて、いくら使い捨てても怒られない。
「手袋をするのは衛生のためですか」
 吾郎は月一回の飲み会の席で、隣にいた芦田さんにたずねた。芦田さんは係長で正社員だ。
「そうね。衛生の意味合いもあるけど」
 と芦田さんは口ごもった。
「手を守るためかなあ」
 意外なことを言われたので吾郎はおどろいた。
「あの粉、危険なんですか」
「研修でも言われたと思うけど、けっして素手でさわちっゃいけないよ」
 劇薬なんだ。
「あの粉は我が社の秘伝でね。部外秘でもある」
 その日、吾郎はちょっと深酒してしまった。
 翌日、がんがんする頭を抱え、工場に出た。
 始業のブザーが鳴る。
(今日は長い一日になるなあ)
 と覚悟して、手をケースに入れる。
 はっと気がついた。
 ゴム手袋をつけ忘れている。
 あわててケースから手を引き抜いた。土色に汚れた手は、一見なんでもないようである。痛みもない。さらさらと粉が落ち始めた。
 吾郎は、
「ぎゃあ」
 と声を上げた。
 指がぜんぶ粉になって落ちてしまったからだ。もう手の甲まで茶色くなっている。
「助けてください」
 ドアが開いて、芦田係長が入ってきた。
 吾郎はぜんぶ粉になってしまい、床の上に制服の形で横たわっている。
「また新しい人を求人しなきゃ」
 と言いながら、係長はゴム手袋をして土色の粉をすべてケースに戻した。

(了)

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