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【ショートショート】臆病者

 粗末な小屋に集まった十人の男。
 彼らは円陣を組んでいる。中央に大きな百目蝋燭があった。そのそばの小皿に小さな蝋燭をたてる。
 ひとりがマッチで大きな蝋燭と小さな蝋燭に火をつけた。
「いまどき、マッチとは風流な」
「せっかくだから用意してきましたよ」
 これからみんなで怖い話をしようというのである。話が終わるごとに小さな蝋燭の火を消していく。
「では、私から」
 男は、タクシーに乗ったときの話をはじめた。話が終わると、誰かがふっと小さな蝋燭の炎を吹き消した。
「ふん。シートが濡れていただと。よくある話だ」
 頑固そうな顔つきの爺さんがマッチ箱からマッチを取り出し、ふたたび蝋燭に火をつけた。
「いまのは怖くなかった」
 次の男が話し始めた。
「山に怖いものがいるのは当然じゃ」
 また爺さんはマッチを取り出した。
「いまどき、水洗でないトイレなどあるものか」
 爺さんはなんだかんだと文句をつける。
 小さな蝋燭は三分の一ほどの長さになってしまった。
 座の雰囲気が悪くなる。
「あるところに」
 と面で顔を隠した男が話し始めた。
「とても頑固な爺がおりました。爺は臆病者で、怖い話が苦手で苦手で仕方がありませんでした」
「わしはそんなことは」
「これはお話でございます」
 お話のなかで臆病な爺はとうとう失神してしまう。
「いやがらせか!」
 爺さんはさっそくマッチ箱の中に手を突っ込もうとする。
 みんなはよってたかって爺さんを縛り上げ、猿ぐつわをかませて、床に転がしてしまった。
 百物語は粛々と進行し、百個目の話が終わった。みんなで大きな百目蝋燭を吹き消し、小屋を去った。爺さんだけはそのまま残された。
 翌朝発見された爺さんは気が狂っていた。
 ひとりの夜はお話よりも怖かったのだろうか。

(了)

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