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男のコンプレックス Vol.10「検索男子のオレプライム危機」

【注記】
これは、マガジンハウス「POPEYE」2010年2月号〜2012年5月号に連載していたコラムの再録です。文中に出てくる情報や固有名詞はすべて連載当時のものです。現在では男尊女卑や女性蔑視、ジェンダーバイアスに当たる表現もあり、私自身の考えも当時から変化している点が多々ありますが、本文は当時のまま掲載し、文末に2023年現在の寸評を追記しました。

女子(メゴ)サーチは未練ではなく、
自分を守る“言い訳探し”

 男というものは、誰もが「俺王国」の王様である。「どうせ俺なんか…」と言っている奴に限って、本当は自分大好き人間。「意外と鍛えてるんですね」と言われたくて、わざとピチピチのTシャツを着るタイプだ。

 スキあらば、今以上それ以上に愛されたい。男の心はいつもワインレッドなのである。

 自分の名前をネット検索してみる、いわゆる「エゴサーチ」も、そんな「俺王国」の大切な王政業務のひとつだ。

 私に面と向かって言えない誰かが、「福田を見ていると子宮が疼くの」などと書いているかもしれない。そう思うと居ても立ってもいられず、指よキーボードを突きぬけろ、とばかりにバチバチと名前を打ち、エンターキーを「王手!」みたいな勢いで力強く叩きつける。

 検索結果。自分のウェブサイト。同姓同名の別人が柔術で準優勝。同姓同名のコンピュータ技術者のオタク顔。同姓同名の無職が車上荒らしで逮捕。同姓同名が……うん、もういいや。

 世間の俺相場が圧倒的に低いことに「オレプライム危機」を感じつつも、ここで作戦変更。元カノや、以前気になっていた女性の名前を検索してみる。私が「女子(メゴ)サーチ」と呼んでいる作業である。

 …いやいや、女性のみなさん、引かないで引かないで。これ、男なら誰でもやったことありますから! あれ、あるでしょ? あるよね?

 あのさ、別に「俺のこと書いてくれてないかな」とか未練があってやってるわけじゃないの。むしろ、彼女が他の男とどうこうしてるっていう現実が知りたかったりするの。

 「ああ、だから俺のことはダメだったんだな…」って納得するための言い訳探しというのかな。「どうせ俺なんか…」の「どうせ」にも、根拠が欲しいわけですよ。わかる? この微妙なオトコゴコロ。

 もちろん、古傷をほじくり返すことが、「自分に酔ってる」ことのマゾヒスティックな裏返しであることは十分自覚している。だからこそ「俺王国」の城塞が、本当はすんごくもろい材質でできていることを、世の女性のみなさんにも知っておいてほしいなあ、と控えめに思うのです。

(初出:『POPEYE』2010年11月号)

* * * * * * * * * *

【2023年の追記】

とにかくね、すべての不幸の始まりはTwitterやfacebook、InstagramといったSNSがこの世に普及してしまったことだと思うんですよ。
そのせいで、私たちはわざわざ言わなくていい私生活や心境を世間にさらし、わざわざ見なきゃいい情報をほじくり返して知ってしまう性分を身に付けてしまったわけです。

インターネットの歴史は、「知らなきゃそれで済んでいたことの可視化」の歴史と言っても過言ではありません。
そりゃ本当は未成年だってみんな酒飲んだことあるよ。電車に乗ってる女子高生を見ていやらしい想像をしたり、特定の人種や階層の人を心の中で見下していたりもするでしょう。
んなこと言わなきゃいいのに。言うから見つけちゃうんですよ。見つけちゃうから晒されるんですよ。

もちろん、いいこともある。それまで肩身の狭い思いを強いられていたマイノリティが、自分は一人じゃないことを知って共感したり共闘したりできるようになったのは、ネットの恩恵だ。
でもね、はっきり言って、それまで潜在的な欲望のままで済んでいた人を目覚めさせ、たとえばストーカーとか実際の行動に駆り立ててしまった悪影響も、もんのすごくあると思う。

男はみんな言いたがらないだろうけど、気になる子のfacebookのアルバムから、水着の写真がないか探したことが一度もないと、胸に手を当てて言えますか?
知り合いの集合写真で見つけたかわいい子のタグを辿って、“よりかわいい子”の写真を芋づる式に漁ってみたことが一度もないと、神に誓って言えますか?
私はあります。なぜなら、人間にはそういう欲望があり、SNSにはそれが可能だからです。黙っていれば、履歴を見られない限りバレないからです。

検索できてしまうことの不幸。
探せば見つけられてしまうことの不幸。
手を伸ばせば、眠らせていた欲望を満たせてしまうことの罪に、誰がどう線引きを下すのか。
とりあえず、ネットの閲覧履歴はこまめに消去しようと思います。

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