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好きな服を選ぶか、似合う服を着るか

急激な気温変化で着るものに悩む。朝は涼しいのに、昼間はかなりの高温、しかも暑さを感じにくい老人並みの体温センサーしか持ち得ていない私にとって、洋服選びはファッションという観点だけでなく、健康を守るための大事な役割を担っている。

それに加えて、年齢を重ねるごとに似合うものが分からなくなってきた。好きな洋服に囲まれていたあの頃とは選び方までもが変わってきてしまった。

ファッションに年齢は関係ないという意見もあれば、プチプラを着ていては若作りに見られるという手厳しいコメンテーターのお小言もあり、世代に合った洋服選びというのはなかなか悩ましい問題であることは確か。

1本筋の通ったコンセプトや、私はこのブランドしか着ないという確固たる信念を持っていればいざ知らず、季節ごとに変わる流行を目の当たりにし、去年の今頃はどんな服を着ていたんだろうとクローゼットの中身と相談している私にとって、世の中のおしゃれな人を見るたびに、どの位の服を持っていたらあんな風に着こなすことが出来るんだろうと頭をひねるばかり。あの頃のファッションにかける熱い思いは一体どこに消えてしまったんだろう。

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先日知り合いの誘いで、あるアパレルのモニター会に参加した。洋服についての悩みやどんな素材が好みかといった聞き取りたいという。私は身長があるため、パンツの丈が長めのものがあるとうれしい、襟元の開きが気になるので、開きの少ないものがいい、ウエストをゴムだけでなくストリングやアジャスターで調節できるとよいといった機能的な悩みを伝えたが、中には何枚もお気に入りの服を持参してこんな感じのものを作ってほしいといった意見を出している人もいた。正直「そんな個人的な意見を言うの?」と心の中では一瞬引いたのだが、企業側からすると、形式的な意見よりも、このブランドが好きだからこそ以前のような服を作ってほしい、もっとサイズを増やしてほしい、これは着たくない、価格帯はこの辺りまでなら買う…などの率直な声を聞かせてほしいと突っ込んだ質問をされ続けた。

そう言われると、どんな色やデザインだったら着たいか、タイプとしたら女性らしいスタイルが良いのか最近流行りのスポーツカジュアルがいいのか、この二つならどちらの方が好みかといった質問に対して、素直に言葉が出るようになった。聞き上手であることに加えて、真剣さが伝わるその気持ちに応えたいという思いも生まれていたように思う。

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そういえば、いつの頃からか好きな服と似合う服が一致しなくなってきた。産後、授乳の時期は胸もふっくらと大きくなり、私の人生史上最高のスタイルを形成した。ただ、その時期は長くは続かず、卒乳と同時にスルスルとしぼみ、夢のようなスタイルはあっという間に過去のものとなった。

あの頃、自分のためにおしゃれをしてお出かけする機会を持っていたら、かなり自信を持てたかもしれない、と今更そんなことを思う。まあ実際には心も体も全く余裕がなく、考えることもできなかったんだけど。

というわけで残念ながら最強スタイルの時期はムスメのよだれやおっぱいシミがつくため、すぐに洗えるカットソーがメイン。シミが落ちなかったら困るし、しかも抱っこメインだったのですぐしわしわになってしまうから、選ぶこともなかった。しかも、母性があり余っていたのか、自然素材の服にこだわりを感じ、綿や麻、ガーゼのようなゆったりしたものばかりを好んで着ていた。

その後、微熱やめまい、車酔いなど絶不調の時期が続き、体が楽でいられるものを着るより他に選択肢がなくなってしまった。

その時期を過ぎ、仕事を始めると、着たいものよりも無難できれいに見える服を選ぶようになっていた。

クローゼットの中は紺、白、黒、グレーたまにサックスブルー。嫌いかと言うとそういうわけではない。ただあまりにも無難でシンプル、面白みがない。私でなくても着られる服なのかもしれない。

学生の頃、たくさんの雑誌を見比べ、お店を巡り、時には都内まで一人ショッピングツアーを企画してやっと見つけた運命の服。あの頃ほどの熱量はなくても、喉から手が出るほど欲しいと思う服を見つける努力はしなくなったのは大人になったからなのか、それとも何となく無難に生きられたらいいと思い始めたせいなのか。

人生を雑に生きているわけではないはず。それでもただ無難に生きられたらいいと思う気持ちが洋服に現れているとしたら、それってとても怖いことかもしれない。もちろん、思考や生活習慣をシンプルに、研ぎ澄まされた感覚で選択している方もいるので、決してシンプルを否定しているわけではない。ただ、私の選び方は単なる消去法に過ぎないのでは。クローゼットから嫌いではないが好きでもない、誰にでも似合う洋服を選ぶたび、もやもやとした感情を一緒に連れ出していた。


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アトリエの洋服たちはどれも自信を持って展示されていた。実際に企画に携わったスタッフやデザイナーが素材やデザインの細部にわたる特徴を説明した。愛情を持って企画開発された彩り豊かな洋服が私を見て訴えかけてくるようだった。

最初に目を奪われたのは深みのある赤のブラウス。アクセントのボタンも落ち着いた色だが目を惹く。インパクトが強すぎるかもと躊躇していると、スタッフから「眼鏡のフレームや時計も赤なので、本当は元々お好きな色だと思います、きっとお似合いになりますよ」と試着を勧める。考えたら確かにそうだ、小物に赤が多いのはきっと好きな色だから。

またふわりとボリューム感のある緑のワンピースも気になる。ワンピースなら多少ウエストがゆるくても全く気にならないはず。軽くてしわになりにくい素材の上、ボタンを外すとガウンコートのように着られるので、夏場クーラーで冷える時にもバッグに入れて持ち歩けるとのこと。

自分でも意外なところに目が留まった。自分らしく生きたいと思っていながら本音を隠し、無難なところで手を打とうとしていたもやっと感も晴れてきた。普段とは違う場所、違う人に囲まれると見えないものが見えてくる。

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最後のアンケートで、これから挑戦してみたい色の項目に赤と書いている自分がいた。好きであっても今までなら選ぶことがなかったはずの色。

最後に行われた先行受注会で思わず申し込んでしまったブラウスとワンピース。受け取りは2か月先。既に持っている無難な服がコーディネート次第で私だけの洋服に変わる。あのスカートに合わせてみる?パンツだったらどの靴と合わせよう。どんな組み合わせにしようかと今から楽しみが増えてきた。

衝動買いに近かったけれど、久々のときめき。相手の術中にはまってしまったのではないと思いたいけれど。





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