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悪とチョコレートと枯れ葉

 元旦に発生した能登半島の大きな地震と、翌日の痛ましい航空機事故のニュースに、新年のご挨拶も戸惑ってしまうほど、そう思っている内に早一週間が経とうとしている。犠牲になった方のご冥福をお祈りすると共に、いまだ行方不明の方々の一刻も早い救助と、被災された方の生活の復旧を心から願うばかりです。

 イタリアでも連日、日本の災害のニュースが伝えられる中、嬉しい話題もあった。宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」(伊題 “Il ragazzo e l’airone”)が1月1日に封切りになったが、初日から昨日まで連日売り上げトップ、5日間の合計が2,7ミリオン・ユーロに上ったという。( https://www.mymovies.it/cinemanews/2024/187064/?fbclid=IwAR21ahin_tN94xW8R_aEIEdVbrdmsyblRFlhqP8kAGMd3fk0Ycu30JDefww )
 4日には、ヴェンダース監督・役所広司主演の「Perfect Days」も封切られた。いずれも、世界各地の映画祭などで続々と好評を得ている作品であり、かつ、アカデミー賞にもノミネートされていることもあり、年末からイタリア国内での宣伝にも勢いがあった。それでも、イタリアでも大人気のジブリとはいえ、劇場売り上げトップは初めてのことらしい。

 私はたまたま、両方とも既に見てしまっていたので、ここでは、先月観た映画を3本。

「悪は存在しない」
 このノートを書こうとして、日本では公開がこれからと知って驚いた。日本語の映画で、すでに完成している作品の配給に、しかも9月にヴェネツィア映画祭で銀獅子賞を獲得した作品の公開に、なぜそんなに時間がかかるのだろう?
 ・・・ともかく、まだ公開されていないとことなので、日本語で少なくともネタバレにはならないよう、とどめておきたいと思う。

 濱口竜介監督は、「ドライヴ・マイ・カー」で大きく飛躍し、そしてまたこの作品で、世界的に注目された前作から、いい意味でまた大きく異なる作品を提示し、新たな評価を得たのだった。
 一貫したテーマはある。人間の、有名でも特殊でもない普通の人の心の機微、葛藤や矛盾の表現が絶妙で、今回はさらに、それを美しい自然の風景の中で描いた。前作が、移動する車窓がストーリーの借景として重要なイメージを与えていたとすると、今作では、変わらぬ(ように見せる)大自然の風景がその役割を担う。実は、車もシーンもまた、忘れずに登場する。それでも今回は、主役は「止まっている」ようでいてそこに動植物が生き、風が吹き、雨が降り太陽が照る、目の前の風景だと知る。映像と音楽と、まさに抒情詩の中で繰り広げられる、ちっぽけな人間たちの営みは、生々しく、愚かで、悲しい。

Il male non esiste(悪は存在しない)
監督 濱口竜介
出演 大美賀均、西川玲、小坂竜志、渋谷采郁
106分、日本、2023

「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」
 クリスマス直前に、クリスマスらしい楽しい映画を見よう!と思って映画館に足を運んだ。「チョコレート工場の秘密」の原作の大・大・大ファンなので、雪の中のおとぎの国に、ティモシー・シャラメ扮する若きウィリー・ウォンカが軽やかなステップで現れただけで、ああ、この人がやがてあのステキなチョコレート工場を作り上げるんだ!との思いが溢れ出て、もう1人ニヤニヤ、ワクワクしすぎて、思わず一緒にスキップしたいくらいの気分になった。
 悪どい大人に騙されて、気の良い大人たちや友人に助けられて。またごうつくばりの大人たちに陥れられ、大ピンチを迎えても、大丈夫、やがて世界中の子供たちや大人館に愛されるチョコレートを作り出す、あの工場を建てるのを、私は知っている!
 そして、ああー!いたずら好きの小人、将来彼の工場で頼もしい働き手となるはずの、あのウンパルンパ役はなんと!!!(笑・笑・笑・・・これだけでも皆さんに見てほしい・・・笑)
 魔法でいっぱいのファンタジー、楽しくて、おかしくて、かわいらしい、勧善懲悪がわかり切ってるハッピーエンドもやっぱり悪くない。ミュージカル仕立てなので、耳に残った歌を口ずさみながら、帰り道ではもちろん、おいしいチョコレート屋さんに立ち寄らずにはいられなかった。

Wonka
監督 Paul King
出演 Timothée Chalamet, Calah Lane, Keegan-Michael Key, Paterson Joseph.
116 min.、米、2023

「枯れ葉」
 そして年の締めくくりは、もう一度現実に立ち戻って(笑)。生活のために淡々とこなす仕事、1人暮らす薄暗い家、上がる光熱費、そしてその仕事をいとも簡単に失う地味な女性。(ああ・・・ぐぐぐ・・・。)取り立てて趣味もなければ、生活の張りもない。一方、アルコール中毒のために、日雇いの仕事すら失っていくただただ冴えない男。その2人が場末の酒場で出会い・・・そう、まるで演歌のような世界だが、恋の駆け引きすら不器用な彼ら、そこには演歌の艶さえない。
 すてきな北欧デザインも快適なインテリアも、モダンな建物も一切出てこない。だが、まず、彼女は迷い犬を連れ帰ることになる。すると、家が、落ち着いた心地良い場所に変わる。そして、男との出会いにより、その家が俄然、すてきになる。インテリア雑誌のグラビアのようなしつらえには程遠いけど、あの冴えない家が、居心地の良さげな空間へと変化する。
 「ウォンカ」とは何もかもが対照的な、夢のない、取り立てた才能も気力もない、冴えない大人たちの物語もまた、世知辛い師走の心に、チクリチクリと迫ってくるのだった。

Foglie al vento (Kuolleet Lehdet)
監督 Aki Kaurismäki
出演 Alma Pöysti, Jussi Vatanen, Janne Hyytiäinen, Nuppu Koivu.
81 min. - フィンランド、 2023

 これまで、外国映画はハリウッドだろうが中国映画だろうが、イタリア語吹き替えが基本だったのが、最近、少なくともローマではイタリア語吹き替え版の他に、オリジナル言語+イタリア語字幕版を上映するパターンが増えてきたのが嬉しい。上記5作品も、「悪は存在しない」を除いて、全てオリジナル言語版で見ることができた。

 それぞれ全く異なる映画3本、2023年はいい映画をたくさん観ることができた。年始の話題の映画を先取りしてしまったこともあって、今年の1本目は何にするか、まだ決めかねている。

#映画 #イタリア #日本 #君たちはどう生きるか #ウォンカとチョコレート工場のはじまり #枯れ葉 #映画感想文 #イタリア事情


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