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三者三様のイタリア

 昨年後半に相次いで店頭に並んだ、イタリアに関わる3冊。

「見知らぬイタリアを探して」
 押しも押されもせぬ大御所、内田洋子さんが、ジャーナリストの鋭い視線で、自ら見て歩いて触れたイタリアを「色」を通して語る。週末はもちろん、平日だろうがなんだろうが、毎日観光客が押し寄せ、どこもかしこもごった返しているローマにいて、すっかり忘れている、いや、ほとんどは全く知らないイタリアと、そこに暮らす人々の物語に否応なく引き込まれた。オシャレでステキなイタリアでもなければ、やたら陽気なイタリアでも、ただただ居心地のよいイタリアでもない、決して甘くない内田さんのエッセイは、時には暗闇の中で突然、鋭利な刃物を見せられてはっとするような、また時には、肩から胸にかけて何やらずっしりと締め付けられるような、そう、怖いくらいに、常に緊張感がある。そして、イタリアの「人」をもっと、知りたくなると同時に、この国の魅力を作り上げている、その底にあるものが見えてくるような気になる。

「思い出すこと」
 「べつの言葉で」、「わたしのいるところ」と、ジュンパ・ラヒリがこれまでイタリア語で書いた作品は、いずれも新潮社クレストブックスの翻訳で読んだ。インド系両親の下、ロンドンで生まれ、米国で育ち、英語で小説を書いて既に定評を得ていながら、ローマに移住し、イタリア語でも書き始めたラヒリの作品には、自身の経歴がそのまま投影され、外国人として暮らすローマでの生活の戸惑いはもちろんのこと、外国語としてイタリア語を学び、その新しい言語で創作するという大胆な試みにおける苦しみや葛藤、外国人ならではの発見や喜びに満ちていて、興味深い。
 新作「思い出すこと」でラヒリは、ローマで借りた家具付きのアパートの中で、古い引き出しの中から以前の住民のものと思われる細々としたものたちを見つける。古い切手や小さな辞書、ビーズのぎっしり詰まったマッチ箱や貝殻・・・そして、表紙に「ネリーナ」と記されたノートも。ノートには、詩がたくさん書き込まれている。どうやら未発表の作品らしい。
 ・・・こうして、策士ラヒリのトリックに、心地よく嵌められていく。ちなみに原題は、「ネリーナのノート(Il quaderno di Nerina)」。せっかくなら原語で読んでみたいと思いつつ、そこは未だ本を求めることもなく、そのままになっている。どんどん変化していくのが楽しみな作家さん、次は何が飛び出すのか、ワクワクする。

「ミケランジェロの焔」
 美術史家のコスタンティーノ・ドラツィオに上野真弓さんの翻訳といえば、「レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密」、「カラヴァッジョの秘密」、「ラファエッロの秘密」(いずれも河出書房新社)の秘密シリーズでお馴染みの最新刊。ドラツィオは何年か前から、イタリア国営放送RAI のニュースチャンネルRai24で10分弱の美術番組を担当している。さまざまな美術館や世界遺産級の建物を訪ねて現場から紹介するのだが、毎回、イタリアの美をこれでもか!と見せつけてくる。ちなみに、先週、今週はヴェネツィアがテーマだったが、あまり知られていない場所や歴史を紹介していてなんとも心憎い。ドラツィオは最近、ペルージャにあるウンブリア国立美術館の館長に就任し、番組はどうなるのかと思ったが、とりあえずそのまま続いていている。
 話が逸れたが、黄金タッグによる最新刊、今回は、ミケランジェロが一人称で自分の半生を語る小説の形式をとっている。頑固で他人と相容れず、孤高の人生を送ったと言われるミケランジェロの、若かりし頃の彫刻家をめざす姿、親や家族との関係に悩む姿、人気を博してからの、だからこそ、教皇と言う絶対権力に振り回される姿、そして一貫して、自分を信じ、自分の思いを貫く姿が、甥っ子への遺言という形で語られる。孤高の天才の、それはあまりにも人間臭く、悲しくも、誇り高い姿なのだった。
 彫刻家ミケランジェロの、紛れもなく出世作となったサン・ピエトロ大聖堂の「ピエタ」、最後の最後までのみを振るったミラノの「ロンダニーニのピエタ」、フィレンツェの「囚われ人」たちから、彫刻家の描いた、システィーナ礼拝堂の「天地創造」と「最後の審判」など。次に見るときにはきっと、彼のその時の思いに、少し近づけるようになるだろう。

見知らぬイタリアを探して
内田洋子
小学館

思い出すこと
ジュンパ・ラヒリ著、中嶋浩郎・訳
新潮クレストブックス

ミケランジェロの焔
コスタンティーノ・ドラツィオ著、上野真弓・訳
新潮クレストブックス

28 apr 2024

#イタリア #読書感想文 #ミケランジェロ #ローマ

 

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