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【聖母病院出産レポ③】痛みに弱い私が無痛分娩から緊急帝王切開で出産するまで(出産編)

さて、前回の出産レポ②「出産前の準備編」に続き、今回の出産レポ③では、いよいよ「出産編」として、痛みに弱い私が無痛分娩から緊急帝王切開で出産するまで、実際に入院当日どのような流れだったかを詳細に綴りたいと思う。

この出産レポは、「コロナ禍での妊娠発覚・つわり編」「出産前の準備編」、「出産編」、「入院編」合計4つのエピソードで構成している
※本レポートは、あくまで私個人の体験・感想です。ご自身の症状については主治医の指示に従ってください。

私が恐れていた出産前の処置ワースト3

私は自身の出産に向けて、無痛分娩で出産を経験された方々の出産レポを暇さえあれば貪るように読み漁っていた。その中でも出産前の処置として痛そうだなと恐れていたものは、「卵膜剥離(通称:内診グリグリ)」、「硬膜外麻酔」、「バルーン挿入」だった。

まず、”内診グリグリ”と通称される「卵膜剥離(らんまくはくり)」とは、卵膜を子宮口付近の子宮壁から剥がす行為で、これによって分娩誘発への効果が期待できると言われている処置だ。これは医師の手で行われるものであり、とにかく様々な出産レポでこれが激痛だと書かれていたため、いつやるのか、いつやるのか、と怖くてたまらなかった。絶対にやりたくない。

次いで「硬膜外麻酔」とは、細くて柔らかいチューブ(カテーテル)を背中から腰の脊髄の近くの硬膜外腔に入れて、そこから麻酔薬を少量ずつ注入することによって出産の痛みを和らげる処置のことだ。麻酔は入れたいけど、背中のカテーテルの挿入は絶対にやりたくない。

最後に「バルーン挿入」とは、バルーンと呼ばれる風船のような形の器具を使って、子宮口を広げ分娩を促進するこれもまた痛いと言われる処置の1つだ。絶対にやりたくない。

ところが、聖母病院ではバルーンの挿入はしないとのことだった。一般的なバルーンよりも痛みが少ない処置をすると助産師さんが言っていた。聖母病院に決めて良かった。そう思った瞬間だった。それでも痛みは伴うだろうからできればやりたくない。

決戦日(入院日)は、2021年10月25日(月)午前8時

聖母病院では、無痛分娩(和通分娩)を行うのは医療スタッフの多い平日日中の計画分娩を原則としている。入院日は、2021年10月25日(月)午前8時に決まった。

その前に、10月21日(木)にPCR検査を受け、万が一陽性反応が出たら聖母病院では出産はできないと言われた。その場合は、転院先の病院での出産となる。しかも、希望している無痛分娩に対応していない可能性も高いとのこと。

まさか。私は無痛分娩を希望してここまで来たのに、ここに来て陽性反応が出たら無痛分娩ができなくなる・・・!?それだけはなんとしても避けたい。絶対に。私は最悪の事態を免れるためなら、冨樫義博大先生の大傑作「HUNTER×HUNTER」においてゴンが強制成長し、「もうこれで終わってもいい。だから、ありったけを」と、通称ゴンさんになった、あの「誓約と制約」を課してでも陽性反応が出ない制約をかけたい。ゴンさんの制約のように再起不能になる覚悟はないが。

と、誓約と制約の話は置いておいて、23日まで保健所から連絡が来なかったら陰性なので、予定通り当日病院に来てくださいと言われた。ビクビクしながらスマホを眺める2日間。連絡は来ず、陰性だった。一安心。残り数日、ドキドキしながら決戦日(入院日)を待つことになった。

決戦日(入院日)10/25(月)08:00 いざ、出陣・・・!

ついにこの日が来た。前日の夜は緊張であまりよく眠れなかった。朝になり、私は入院バッグを持って、夫に車で病院まで送ってもらった。病院に向かう車中、色々なことを考えた。無事に産めるだろうか。今日中に産まれるのだろうか、日を跨ぐことになるのだろうか。怖い。不安。饒舌キャラの夫も比較的口数が少ない。きっと不安だったのだろう。様々な思いを巡らせながら病院に到着した。

到着後、1階のスタッフに声をかけ、書類などの確認を済ませてから、エレベーターで産科病棟の3階まで向かう。この頃、コロナの影響で家族の3階の産科病棟への立ち入りは禁止だった。なので夫とは1階のエレベーター前でしばし別れることに。夫から「大丈夫、頑張って!」と激励を受け、送り出され、3階病棟へ。ここからは完全に1人だ。不安だけど、もうやるしかない。ドラクエ11の真の裏ボス戦を、勇者1人で挑むような気持ちだ。

09:00 陣痛室へ、同室には同志が。陣痛促進剤1回目投与

3階に到着してから荷物を整理し、4人同室の陣痛室に移動。私より先に入室していた妊婦さんが1人いて、すでに「ううぅぅーーー、うううぅぅーーー」と言いながら頑張っていた。緊張感が走る。同じ日に出産をする、もはや同志と言っても良い。HUNTER×HUNTER的に言えば、私がゴンで彼女はキルアだ。なんか少しだけ勇気が出た。さっそく私は入院したら聖母病院からもらえるお産グッズの1つである陣痛用のガウンに着替えた。それから聖母病院では、出産時もマスク着用必須のため、マスクも着用した。

その後、すぐに陣痛促進剤を打つことになった。画像の見た目は痛そうに思えるかもしれないが、痛くはなかった。促進剤の点滴は出産レポで痛いと言う人もいたので、これも心配していたのだけど、採血とあまり変わりないように感じた。

陣痛促進剤の点滴
聖母病院からもらえる陣痛用ガウン

09:30 麻酔科医の登場、痛いとウワサに聞いていた硬膜外麻酔用カテーテルの挿入

そこから、助産師さんに「今日は麻酔科医が8時間の手術があるので、先にカテーテルを入れましょう。」と言われ、硬膜外麻酔用のカテーテルを入れることになった。

ついに来たぞ、カテーテル。これも痛みが伴うと言われている処置の1つ。事前情報を入れていたので、かなり緊張しながら麻酔科医の指示に従って処置を進める。硬膜外麻酔は背中に注射をするので、体をエビのように丸くしないといけない。見た目的には簡単そうに見えるが、これがなかなかできない。背中に注射なんてしたことがないし、見えないし、緊張しすぎて体が強張る。何回か麻酔科医にもう少し丸くなるようにと言われるが、無理だ。手汗がすごい。怖い。落ち着け、落ち着け。心の中で言い聞かせながらなんとか丸くなったところで、いざカテーテル挿入。

あれっ、思ったよりも痛くない?

そんなことを思っていたらいつの間にか終わっていた。あんなに心配していたカテーテル挿入の痛みは全然ないと言って良いほどだった。この麻酔科医の腕が素晴らしかったのだろう。やはり専門の麻酔科医に対応してもらえて良かったと思える瞬間だった。このために転院したと言っても過言ではない。

その後、体に問題がないか麻酔をテスト注入した。麻酔を注入する時は少し温かい液体が体に流れてくる感じがわかったのだけど、痛みなどはなかった。テスト注入後、特に体への影響は問題なさそうなので、準備は整った。

ちなみに、聖母病院では、子宮口5cmくらいまで開いてから麻酔を投与した方がお産がスムーズに進みやすい、5cm以下で麻酔を投与してしまうと、お産に時間もかかると言われた。私は特に初産婦なので5cm開くまでは頑張った方が良いことはわかってはいたが、到底頑張れる自信がなかった。陣痛に耐えるなんて痛いに決まっているから。時間がかかっても良いから痛くない方がいい。助産師さんに「痛くなったらすぐに麻酔をお願いしたいです。」と先に伝えることにした。

10:00 突然、事態が急変

しばらくしてから様子を見に来た助産師さんから突然、「今から四つん這いになって大きく深呼吸してください!」と言われ、一体何が起こったのかわからず不安のまま、とにかく全力で深呼吸を繰り返した

その結果、いったん大丈夫になったものの、陣痛促進剤の投与は一時的にストップすることになった。陣痛促進剤を入れたせいか、赤ちゃんが苦しくなり心拍が弱くなったとのことだった。めちゃくちゃびっくりしたし、焦った。しばらくしてから落ち着いたようで一安心した。出産は何が起こるかわからないということをまさに今体験しているのだと実感した。

一方、この頃。同室にいたキルアの陣痛が佳境を迎え、叫び声が陣痛室に響き渡る。「うううぅぅぅ、痛い、痛い!!!もうお願いだから助けてください!!!」と泣き叫んでいる。本当に隣で泣き叫んでいるのだ。私はどうにか頑張ってほしいと願いつつもあまりにも辛そうな悲鳴に怖くなり、助産師さんとの会話も全く頭に入らなくなっていた。同志として恥ずかしいが、仕方がない。

10:30 内診するも、子宮口わずか2cm

しばらくしてから内診することになった。助産師さんに足をさすってもらいながら内診してもらうが、これがなかなか痛くて出血した。しかも、子宮口も2cmほどと全然開いていない。頭にも届かないくらいとのこと。絶望的だ。そして、これがウワサに聞く内診グリグリか?と思いきや、ただの内診だった。内診グリグリすれば早めることはできるけど、今は無理にはしない、内診グリグリはもっと痛いですと言われ、怖くてしないでくださいと言った。嘘でしょ。これでも痛いのに、内診グリグリってやっぱり痛いのか。私には無理だ。無理。

子宮口も全然開いていないし、今日産むのは難しいのか・・そんなことが頭をよぎる。

11:40 陣痛促進剤を再開。2回目の投与。

赤ちゃんの様子も少し落ち着いたので、陣痛促進剤を再開することに。2回目の投与開始。もしまた赤ちゃんの心拍が弱くなって苦しくなったりしたら帝王切開の可能性も出てくると言われた。私は妊娠中は無痛分娩のことばかり調べていたものだから帝王切開に関しては知識が乏しかった。

一方、隣のキルアは子宮口8cmまで開いているようで泣き叫びながらも頑張っている。私の子宮口は全然開いていない。無念だ。本陣痛までは程遠い・・・。

12:15 昼食中、同志は泣き叫びながら分娩室へ

昼食の時間になり、通称マリア食が出てきた。これから出産となると体力もつけないといけないから、しっかり食べるように言われる。食べることが大好きな私だけど、不安すぎて当然食欲はない。というのと、陣痛中に吐き気を催す人もいると知っていたので、嘔吐恐怖症の私は控えめに食べることにした

この頃、じわじわと腰回りと肛門付近が痛くなってきた。それと、午前中の麻酔のテストの影響で熱が37.5度出ていた。これはよくあることらしく、中には39度まで上がる人もいるみたいだ。38度を超えると産後赤ちゃんとの同室は難しいかもしれないと言われた。

聖母病院の昼食「マリア食」

一方、同志キルアは盛大に泣き叫びながら分娩室へ行った。いよいよか。私は無事に出産できるよう心の中で祈った。頑張ってほしい。

12:50 陣痛促進剤の投与3回目。分娩室から聞こえる同志の絶叫。

赤ちゃんは大丈夫そうだから促進剤の量を増やすことになった。引き続きお腹は張っていて、生理痛のような鈍痛があった。

一方で、分娩室から「イヤァァァアアアーーーーー!!!」「キィヤァァァアアアーーーーー!!!!!」と、さっき分娩室に向かったキルアの絶叫が病院内に響き渡っている。人生においてこんな叫び声を聞くことってそうそうない。イルミに針を刺されてもここまでは叫ばないだろう。あまりの苦しみの絶叫に可哀想になりとても胸が痛むが、こちらの恐怖も増してくる。HUNTER×HUNTERに置き換えて妄想している場合ではない。引き続き心の中で応援した。どうかご無事で。頑張ってほしいと。

そして、この絶叫が病院内に不定期に繰り返された後に、「オギャー、オギャー!!!」と聞こえた。キルアの子は無事に生まれたようだ。赤ちゃんの泣き声を聞いた瞬間、私も安堵した。次は私が頑張る番だと勇気づけられた。同室のいいところはこういうところなのかもしれない。ありがとう、キルア。

13:55 陣痛促進剤の投与4回目。

引き続き促進剤の量を増やしていく。お腹は張っていて生理痛のような鈍痛は変わらず。じわじわ腰回りと肛門付近が痛い。熱もあるせいか、体がめちゃくちゃ暑い。頭痛もする。まだ耐えられるけどフラフラする。

赤ちゃんが元気かどうかを確認できる「分娩監視装置」
陣痛促進剤の進捗具合

14:30 陣痛促進剤の投与5回目。

さらに促進剤を追加。引き続きじわじわ腰回りと肛門付近が痛い。しかし、なかなか子宮口が開かない。このままだとお産が進まないということで、15:30に子宮口を広げる処置をして明日の朝まで待つことになった。

ついに来たか、子宮口を広げる処置。バルーンではないあの処置か?それとも内診グリグリか?とにかく怖い。怖い。怖い。そして、やはり今日中には生まれなさそうか。明日の朝か・・・赤ちゃんは大丈夫なのか・・・そんなことを考えながら夫や家族に今日中には生まれなさそうだと連絡を入れる。夫には、生まれそうになったら病院側から連絡が来ることになっているから、時間もかかりそうだから今のうちに仮眠を取っておくよう提案した。

15:15 怯えていた子宮口を広げる処置の時間が近付いてきたが・・・?!

子宮口を広げる処置の時間が近付いてきた。と思ったら、医師から午前中同様、「今から四つん這いになって、大きく深呼吸してください!」との指示。またも赤ちゃんが苦しくなってしまったようだ。マジか。この時、午前中はいなかった主治医や助産師さん数名が私の部屋に集まってきた。どういう状況だ。さらに猛烈に不安になりながらも大きな深呼吸を続ける。怖い。大丈夫なのか。地味にマスクしながらの深呼吸も辛い。

すると、主治医曰く、やっぱり赤ちゃんが苦しがっているようなので、赤ちゃんの健康的にも緊急帝王切開をした方がいいとのこと。私が問題なければすぐに手術に入ります、と。

私「・・・!?!?緊急帝王切開ですか・・・。わかりました・・・!」

私は、すぐに承諾した。赤ちゃんのためにも悩んでいる時間はない。ちょうど夫からも状況はどうかと連絡が来ていたので、緊急帝王切開になったから病院からの電話に出れる準備をしておいてと連絡した。仮眠に入るつもりだった夫も突然の展開に驚いた。

痛みに弱い私はずっと無痛分娩のことを考えていたから、まさか緊急帝王切開になるとは予想外だった。手術自体は局部麻酔で痛みは感じないけど、産後麻酔が切れてからは激痛、回復に時間がかかるため入院日が長引くというくらいの知識しかなかった。

15:20 予想外の急展開。無痛分娩から緊急帝王切開へ!!!

緊急帝王切開になると決まってからは、複数の助産師さんが手術に入る準備を物凄い速度ではじめた。「おそろしく速い手刀。オレでなきゃ見逃しちゃうね。」と言いたくなるレベル。緊急帝王切開に関する複数枚の同意書にサインを求められたり、私の足にメディキュットのような弾性ストッキングを速やかに履かせたり、慌ただしく物事が進んでいった。私はあまりのスピードに追いついていけず、同意書もなかなか頭に入らないままサインを進めていった。

15:55 あれよあれよという間に手術室

一通り準備がそろってからは陣痛室からベッドごと移動し、手術室に運ばれていく。手術室の近くでほんの少しだけ夫と会う。さっきまで家にいたはずの夫もドラクエのラーミアあるいはレティスに乗って来たのではないかと思うほどの早さで駆け付けてくれた。赤ちゃんと私の無事を祈ってるから頑張ってと送り出され、手術室に入った。

手術室に入ってからは、スタッフ数人がかりでベッドから手術台に上がる。次に「脊髄くも膜下麻酔」という局部麻酔をかけることに。麻酔は主治医が担当してくれた。はじめに細い針を使って皮膚の痛み止めをすることになった。硬膜外麻酔のカテーテル挿入時と同様、手術台で横向きになり、エビのように体を丸くするように指示される。だけど、この時もなかなか体を丸くできなかった。主治医からはこれだと麻酔できないからもっと体を丸めてほしいと何度か言われる。こちらもできれば体を丸めたい。だけど、恐怖でどうしても体がいうことを聞かない。午前中同様、手汗が半端ない。しかし、赤ちゃんも今頑張っているのだと思ってなんとか体を丸めた。ようやく、脊髄くも膜下麻酔を注入する。この時、午前中の時とは違って腰回りに痛みと違和感が走る。耐えられる痛みではあるが、その痛みと違和感で丸めた体を元に戻してしまい、また主治医から体をもっと丸めて欲しいと指摘される。隣にいた医師に体をさすられながら、なんとか麻酔を注入することに成功した。

麻酔を注入してからすぐに、腰から足にかけてボワッと温かくなった。その後、足の感覚がなくなっていき、足を動かそうとしても動かなくなった。医師から鎖骨あたりに冷たいコットンのようなもので数カ所を触れられ、冷たいか、冷たくないか確認される。所々、冷たいと答えていたが、それもしばらくしてから感覚がなくなっていった。

後で気付いたのだけど、この後に尿管カテーテルを入れられていた。麻酔をしているからなのか、いつ尿道カテーテルを入れられていたのかも気付かず、痛みも感じなかった。もし少しでも痛みを感じていたら叫んでいた可能性すらある。

16:13 数々の名言が浮かび上がる感動の瞬間

いよいよ手術開始。局所麻酔は意識があるので、医師と話したりできる状況だった。ただ、胸から下は布で覆われていて、何が行われているのかはわからない。麻酔で痛みはないものの、お腹のあたりをカチャカチャされている感じや、時折ものすごい力でグイグイっと押されたりして違和感はあった。

主治医から「もう少しですよー、頑張ってください」と言われ、いよいよか・・・とボーッとしながらもドキドキしていた。

その頃、手術室からどこかで耳にしたことがある音楽が流れていることに気が付いた。これは・・・?!

「最後かもしれないだろ?だから全部話しておきたいんだ」


「泣くぞ すぐ泣くぞ 絶対泣くぞ ほら泣くぞ」


「だいっきらいだ」


「全部……終わらせてから、だよな」


「私、『シン』を倒します。必ず倒します。」


「無限の可能性があんたを待っているんだ!」


「キマリは通さない」


そんな名言の数々が自然と浮かび上がってくる。

そう、この曲はあの名曲「ザナルカンドにて」。歴史に残る名作のひとつ、ファイナルファンタジーXのオープニングを飾る名曲だ。

このnoteで散々ドラクエネタについて触れてきたドラクエ廃人の私が、ここにきてファイナルファンタジーXの名曲を聴くことになるとは思いもしなかった。しかも出産という人生のもっとも大きな節目のこのタイミングに。

ちなみに、私はファイナルファンタジーXももちろんプレイ済みであり、涙なしには語れない大傑作だと思っている。誰だ、これを選曲したのは。私は思わず、「ティーダァァァアアアーーーーー!!!!!」と全力で叫びたい思いをグッと堪え、心の中で静かに叫んだ。名曲なのでここにYouTubeのリンクを貼っておこう。

「ザナルカンドにて」を聴きながら主治医から「もう生まれますよー」と言われ、ついにきたと思った瞬間、お腹もグイグイと引っ張られる感覚も強くなった。

そして、ついにその時はきた。私のお腹から赤ちゃんが取り出され、「オギャー、オギャーーーーー!!!」と産声をあげた

この10ヶ月、妊娠してから様々な出来事があったが、ようやくこの瞬間を迎えることができた。その感動は今思い出しても一言ではうまく言葉にできない。この先の人生で一生忘れない感動的な出来事ということだけは言える。

赤ちゃんはすぐに私の横に運ばれた。私は麻酔でボーッとしながらも無事に生まれたことに安堵すると同時に、小さな赤ちゃんと対面して涙が溢れた。その瞬間を医師がポラロイドカメラで記念に撮影してくれた。

主治医から赤ちゃんが苦しくなっていた理由は、へその緒がたすき掛けのように絡まっていたからとのことだった。ともあれ、赤ちゃんの体への影響はなく、無事に生まれてくれてホッとした。

色々な思いもあってかとても長いようにも感じるけど、切開を開始してから実際に赤ちゃんが生まれるまではわずか10分前後だった。

生まれた直後の息子。手術室を出てすぐの撮影可能エリアで夫が撮影した写真(10分程度)
手術室での医師が撮影してくれた写真。

16:25 縫合中は雑談タイム

赤ちゃんが生まれた後は、胎盤を取り出したり、出血の状況や残留物の有無などを確認される。その後、お腹を縫合する処置が行われた。

縫合中は、切開中の緊張感のある空気とは変わって、主治医がおそらく研修医であろう医師に縫合のやり方を和やかな雰囲気で雑談をしながらレクチャーしていた。聖母病院に転院してからずっとこの主治医に見てもらってきたが、サッパリした方だったのだが、おそらくこの瞬間が1番生き生きと楽しそうに見えた。

30分程度ですべての処置が終わった。手術室に入るところから出るまで合計すると、1時間ちょっとだったと思う。手術室を出てからは夫が待機していて、少し話すことができた。ここからは退院するまでは家族と一切面会はできない。立ち合い出産はできなかったけれど、手術後に少しでも話す機会があってよかった。

この後、私はベッドごと4人母子同室の大部屋に移動した。部屋に戻るなり、荷物整理や夫や家族、友人らに連絡した。ここからは産後の入院生活のはじまりだ。緊急帝王切開になり回復にも時間がかかるため、入院期間は8日間に伸びた。

無事に出産を終え、安堵しているのも束の間、麻酔が切れてからが本当の地獄のはじまりだった。この辺りは次回の入院編で詳細を綴りたいと思う。

まとめ

以上、「出産編」をまとめてみた。当初、無痛分娩(和通分娩)での出産を希望していた私だが、最終的にこのような流れで緊急帝王切開で出産となった。

前回の出産レポ②で紹介した会陰マッサージの効果や円座クッションは結果的に一切出番なく幕を閉じたが、このような不測の事態に備えて心配事があれば準備しておくことは大事だと思う。

これから出産を控えている方や聖母病院で出産を検討している方にとって少しでも参考になれば幸いだ。

次回は、最終章「入院編」

次回は、最終章「入院編」を綴りたいと思う。帝王切開後、お腹の激痛と戦いながら、聖母病院での入院生活8日間についてどのように過ごしたかを綴りたいと思う。

つづく

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