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自分を正しく守るためのヒント/佐久間宣行『ずるい仕事術』感想

テレビ東京出身の番組プロデューサー、佐久間宣行の著書を読んだ。

感想を述べる前にまず、僕の佐久間さんに対するこれまでの身勝手で歪な先入観と、本書を手にとるに至った経緯をつづりたい。

佐久間さんといえば『あちこちオードリー』や『ゴッドタン』などお笑い芸人が伸び伸びと活躍する人気番組を手がけることで知られる。僕のようなバラエティ好きにとっては偉大な存在である。

「テレビマン」という言葉があるが、後にも先にもそれで僕が思い浮かぶのは佐久間さんだけだ。

テレビマンとしての素晴らしさを存分に理解しているいっぽうで、僕は佐久間さん個人に対して心酔してるわけではない。これまで手がけた仕事についても特別詳しいわけじゃないし、ラジオを毎週聴くほど熱心でもない。

あくまで佐久間さんの作る番組が好きなだけだ。
テレビの作り手を裏方だと言い切っていいなら、そんな裏方の存在を不用意に感じることなく番組そのものを純粋に楽しめることは視聴者にとっては幸せなことだ。偉そうにいえば、裏方の仕事としてそれって完璧だとも思う。

なぜこんなことを思うかというと、スタッフが必要以上に出しゃばる番組が個人的には好みでないからだ。

かつてフジテレビなんかはそんな番組が散見された。その内輪ノリも体育会系ノリも、スタッフが演者にマウントをとって無理くりバラエティっぽい構図をつくる自慰みたいな手法も、すべてが興醒めだった。ガキ使のヘイポーだけは笑ったが、あれだってダウンタウンより決して前に出ないしなんなら番組を盛り立てるための役割としては計算され尽くして機能もしまくっていた。

こういった前提があったため、佐久間さんに対しても僕は強い関心を向けてこなかった。もし仮に詳しく知ってみたら「やっぱりよくいる時代錯誤の偉ぶった暑苦しいオッサンじゃん」ってガッカリするのも嫌だった。

佐久間さん自らメディアに出ているシーンも少なからず見かけた。僕はそのたびにセクハラ臭やパワハラ臭はしないかと訝しげな目を向けた。番組は面白いのにその作り手の人間性が生理的にムリで幻滅してしまったら、今後好きな番組に対しても余計な雑念が入る。

果たして、佐久間さんはメディアに出るわりに粗らしい粗を見せなかった。馬脚を現すことがなかった。偉ぶった印象もハラスメント臭も片鱗すら見せなかった。出しゃばり感が不思議となかった。

もしかしてこのひとは信頼できるのか?

徐々に佐久間宣行という大人に対する勝手な先入観は消えつつあった。さらに『あちこちオードリー』は毎週欠かさず観るほど大好きな番組だったことも手伝い、本書を手に取るに至った。

いざ読んで確信を得た。

佐久間さんは信頼できる。
このひとは大丈夫。敵じゃない、味方だ。
(テレビスタッフをおまえはどんな目で見てたんだって話だが)

本書を読んで佐久間さんからなぜ偉ぶった印象やハラスメント臭を感じなかったのか理解できた。

佐久間さん自身が何よりそれらを嫌っているからだった。

たとえば目次に並ぶテーマから抜粋してみても

「横柄な態度」はコストが高い
「陰口」はコスパが悪い
会社に「友だち」はいらない
「付き合いの悪いヤツで」でいい
人を責めずに「仕組み」を変える
「いい失敗」をする
「メンタル」第一、「仕事は第二」

こんな話が並んでいる。

さらにこんなことも言い切ってくれている。

・相手によって態度を変える人はカッコ悪い
・褒めることはいいことづくめ
・仕事さえ誠実にこなしていれば、人間関係で勝負する必要はない
・心を壊してまでやるべき仕事なんてどこにもない

ワンマン社長が自分の成功譚や哲学を書き下ろしたよくあるビジネス書なんかだとこれと真逆のことが平気で書いてあるのを知っている。なので佐久間さんの考え方がいかにスマートで人道的かは明白だった。

それに佐久間さんはテレビやYouTubeに出ているときも、ただのポップカルチャー好きの少年がそのまま大っきくなったみたいなピュアな印象を受けることもあった。

読み進めていくと口先だけで綺麗事を言ってるわけじゃないのもよーくわかる。多くの挫折や理不尽を経験して、自分の傷も他人の痛みもちゃーんと知ってるひとでなければ絶対に出てこない視点や価値観に満ちているのだ。

実際、佐久間さんも何度も壁にぶつかり、数えきれないほど心を折られ、悔しい想いを重ねに重ねたことだろう。でもだからこそ、壁の壊し方も登り方も避け方も、心を折られないための工夫も準備も心構えも、身を持って都度手に入れられたのだと思う。

真っ向勝負でバカ正直に戦わなくたって勝負はできる。

失敗を失敗のまま放置しない。悔しさを風化させない。理不尽を繰り返させる隙を与えない。何より自分の心を殺させない。

そのためにやれることは徹底的にやってきた人なんだと思う。自分の心が豊かで楽しく夢中に在るためには「こうしよう」「次はああしよう」と、サボらずやってきた積み重ねが今の佐久間さんを作ったのだろう。

本書のなかでは仕事術編、人間関係編、チーム編、マネジメント編、企画術編、メンタル編と、6つのカテゴリーに分けて佐久間さん自身の経験則に基づく実践的な立ちまわり方を惜しみなく指南してくれている。自分を守るためには正しく「ずるい」を使いこなすことが必要なのだ。

気持ちをフッとラクにしてくれたり、凝り固まった考えをほぐしてくれたり、気兼ねなく読めるわりに読後の心強さまでしっかりと担保してくれる。

ひとりの時間が好きとか、飲み会は基本行かないスタンスだとか、そのあたりにもとても共感と好感を抱いた。

番組作りや芸人さんとのエピソードを絡めた経験談はバラエティ好きとして楽しめた。また佐久間さんは一企業のサラリーマンも長年やってきた人なので、会社員視点のリアリティのあるアドバイスは社会人として大変参考になった。普遍的な内容も多くて読みやすい。

こんな上司のもとで働きたいと思わせる、信頼に足る社会のセンパイによる、優しく真摯な一冊。


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