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『青い悪魔』2

前作:


 ギル、テッド、ナタリア、ゾーイの四人は拠点バーンドに留まることになり、住人として暖かく迎えられることとなった。翌日から彼らは物資の回収にも積極的に参加し、炊事や天井の改修なども手伝ってくれた。ヨイチは適度に部下と共に狩りへ行き、幼虫などを持ち帰った。近場の保存食は回収しきってしまったらしく、住人たちは食糧が尽きるまでに次の手立てを整える必要があった。
「やっぱり畑を耕した方がいいと思うんだ」
「だよなぁ」
クライヴやテッドたちがこれまで歩いた土地の情報を元に、作物の回収が出来そうな場所を絞り込む。この拠点には様々な職業の住人が揃っていたが、農作物の扱いに長けた人物はいなかった。
「やっぱり北の山を越えるしかないか」
「そうなるな……」
人材の確保、そして物資回収の範囲を広げるため住人たちはこれまで探索していなかった荒野の先、山の向こう側へ行くことに決めた。
 遠出のため体力に自信がある者たちを中心に調査班が結成される。ヨイチ、ニコレッタ、ギルやテッドを含め八人が集められる。クライヴは体調を崩してしまったため候補から外れ、別の狙撃手が加わる。ナタリアとゾーイは拠点に残ることになった。
「……まるで人間だな」
「似合うよー旦那」
 出発前夜、ヨイチは裁縫班が作ってくれた服を試着していた。戦闘や寒さに耐えられるよう古着や断熱材を駆使してフード付きのコートとシャツにパンツ、靴も与えられる。ヨイチはその格好で外へ出ようとする。
「どこ行くの旦那」
「この状態でどの程度動けるか試してくる」
「ああ、なるほど。いってらっしゃい」
「すぐ戻る。トリッキー、来い。練習だ」
「アイアイ!」
二人が出ている間、門扉は完全には閉められず見張りが立つ。ニコレッタも様子が気になり、見張りの横に顔を出す。ヨイチは刀一本だけでトリッキーと立ち回りの確認をしていた。
「あれ、旦那でっかい剣は持って行かないのかな」
「あれ重たそうだしな。置いていくんじゃねえか?」
「なるほどなぁ」
十分ほど動いてヨイチは足早に戻ってくる。
「閉めろ」
「もういいの?」
「充分だ」
戻ってきたヨイチに裁縫班が声を掛ける。
「動きやすさとかどうですか? 大丈夫そう?」
「機動力に支障はない」
「そうですか! 良かった」
「頑張った甲斐があったなー」
裁縫班はハイタッチをする。一方ヨイチは裁縫班への報告も早々に部下と何か話し合っている。ニコは彼らの元に何となく寄る。どうやら誰が残るか決めているらしい。四人はちらっとニコレッタを見るが気にせず話を続ける。
「調査班に主な戦力が持っていかれる。俺としては全員置いていきたい」
「でもそうするとダンナに何かあった時の補佐がいないよー」
「うむ、それは避けたいところだ」
「それも分かるが、人間の中にお前たちの誰かが混ざると遠目にも目立つ。今回、俺は完全に人の振りをするつもりだ。人ではないとバレるのは避けたい」
「本気かヨイチ?」
「本気だ。その方が本来の戦力を隠せる。対峙した相手がどちらの場合でも都合がいい」
「……ヤゲン様が我らを装備すると人に擬態出来ませんし、冷静に考えるならば我らはここへ残った方がよろしいですね」
「そうだ。お前たち全員俺を案ずるのは分かるが、今回は堪えろ」
「アイー」
「承知した」
「承知いたしました」
「そういうことだ、ニコ。全て置いていく」
「ん? おう、そっか。分かった」
「ダンナもニコもいないのつまんなーい!」
トリッキーはそう言うとニコレッタを抱きしめ持ち上げる。
「仕方ないよー」
「つまんない!」
「はいはい、よしよし」
ニコはむくれて自分の肩に頭を押し付けているトリッキーを撫でる。
「娘」
「ん? なあにフロストさん?」
「……ヤゲン様を頼んだぞ」
「おお! 大丈夫、任せておいてー」
ニコレッタは力こぶを作りにいっと笑う。フロストはその顔を見てふいっと顔を逸らした。素直じゃないなぁ、と彼女は苦笑いをする。
「そろそろ降ろしてトリッキー」
「ヤダー!」
「まだやることあるからー」
「降ろしてやれ。ニコレッタも準備に時間がかかる」
「スー」
「また吸ってる……」
彼は存分にニコを抱きしめた後ようやく離す。ニコレッタも他のメンバーもその日は早めに休み、翌日に備えた。
 朝、調査班に合わせ皆早めに起床し食事を終える。調査班には武器なども配られ、装備を整えていく。
「俺は銃は使えんぞ。なぜ持たせる」
「ヨイチさんが持ってる分、予備が出来るんだ。だから荷物は増えるんだけど持っててくれないか? 使う必要はないから」
「そういうことか。まあ、持っておいてやろう」
「助かるよ」
「いやぁ、旦那そういう格好しちゃうと本当ただの若者だね」
「そうだな。この服装は呆れるぐらいよく馴染んでいる」
「それ褒めてるよね?」
「無論だ」
ヨイチは刀を腰に提げ、部下の元へ向かう。
「留守は頼んだ」
「は」
「いってらっしゃいダンナー」
「ああ。……フロスト」
「は、何でございましょう」
「俺がいない間、人間の言うことを聞いて従うように。協調と合理性を優先しろ」
「ど、努力いたします」
「フロストそういうの下手だから無理だよダンナー」
「無理でも状況によってはある程度はせねばならん。練習と思っておけ。ブレイズもあまり人を振り回すなよ」
「ハッハッハ! ヨイチの口からそんな言葉が出てくるとはな! 大丈夫だ、任せよ!」
「トリッキー、お前もだぞ。あまり周りにワガママを言わんように」
「えー!」
「えー、ではない。いいな?」
「むぅー……アイ」
トリッキーたちの頭や肩を撫で、ヨイチは班の元へ戻る。
「俺は準備出来たぞ」
「俺も大丈夫だ。いつでも出れるよ」
「こっちもいいぞー」
「そういえば、この集団の統率は誰がやる? その話が出てきていないが」
「え、ヨイチさんでしょ?」
「おう。あんたボスの風格あるしな、ボスでいいだろ?」
「人間の群れなのだから人間が統率しろ。そうだ、ギル。お前がいい、お前がやれ」
「俺か? いいけど……」
「異論があれば別の者がやれ」
「荷物まとまったー、準備いいよー」
「なあ、ニコレッタ。リーダー誰にする?」
「えっ旦那じゃないの!?」
「ほーら」
「……なぜ俺になる」
「ボスはヨイチさんがいいって。はい、俺ヨイチさんに一票」
「俺も」
「はーい、俺もー」
全員がヨイチに投票する。
「……賛成しかいないのか」
「いないねえ」
「人でない故に、的確な判断がその都度出せるとは限らんぞ」
「旦那がわからない部分は分担すればいいよ。ほら、物資の残り確認する人とか決めたでしょう?」
「そうそう。担当がそれぞれのジャンルのボスってことで」
「それでは統率出来ていないのと同等だ」
「そうでもないって。あー、みんな準備大丈夫か? 忘れ物ないよな?」
「三回ぐらい確認したから俺は平気」
「俺も大丈夫」
「よし、じゃあ……行くかい? ボス」
「……行くぞ」
「おう」
「はーい」
一時の別れを惜しみながら拠点の住人たちは一行を見送った。

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