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『青い悪魔』3

前作:


 小麦を巡る騒動から数日後、拠点バーンドの人間たちとヨイチは次の遠征の計画を立てていた。
「人間の食い物が日持ちしないと言うのは、少し意外だった。だが、落ち着いて考えれば時間経過と共に物体が劣化するのは当たり前だ」
ヨイチは腕を組み、食卓に地図を広げているギルの後ろでそんなことを口にする。
「普段回収してるのは日持ちするように加工された物だからな。生の食い物は数日で干からびたり黴びたりするんだよ」
「なるほど。……今の小麦粉を食い尽くしたら食糧はない。次はどこへ行くかだな」
「そうだな。今度は都市側を越えて反対の街に行くか? 向こうは俺たちも全く知らないんだ。そもそもこの辺りはたまたまAKUMAが少なくて、比較的安全だからって理由で留まってたしな。俺たちもだが、村長たちも同じ理由らしい」
「比較的AKUMAがいない理由なら明確だ」
「ほー? なんでだ?」
「俺がこの辺りで眠っていたからだ」
「ああ、魔王のお膝元だったからか」
「……オヒザモト」
「あー、えーと。立場の強い奴の影響下にいたって意味、かな?」
「ふむ」
突如、鐘を打ち鳴らしたように赤子が泣き出す。この赤子はヨイチがいつか助け出した者で、名前はイーヴォと言った。イーヴォの凄まじい泣き方に、周りは驚いて耳を塞ぐ。
「ああ〜! 寝かけてたのにぃ! おお〜よしよしイーヴォ、泣かないで〜」
泣き出したイーヴォをヨイチが覗き込むと、彼はピタリと泣き止んで笑顔になる。
「腹が減ったか?」
「いや、さっきミルクあげたばかりだしおしめも取り替えたし……って泣き止んだじゃん」
泣き止んだのでもういいか、とヨイチが元の場所に戻ろうとするとイーヴォはまた泣き出す。
「ああ〜、よしよし、よしよしー!」
「……幼体の要求はわからん」
ヨイチが再び覗き込むとイーヴォは笑顔に戻る。それを見ていた近くの女性が、口を挟む。
「ねえ、イーヴォはヨイチさんの顔が見えないのが不安なんじゃない?」
「なに?」
「ヨイチさんが抱っこしてあげたら?」
「……ふむ」
あやしていた男性からイーヴォを受け取り、しばらく抱いていると彼はうとうとし始める。
「……これでは腕が使えない」
「おんぶ紐持ってくるか。ちょっと待っててください」
「うむ」
ようやく寝入ったイーヴォを起こさないようにしながら、ヨイチは住人にイーヴォを括り付けてもらう。胸の前に赤ん坊をしっかりと着けた状態で、ヨイチは地図を広げて話し合いを始めている住人たちの元へ戻った。
「ああ、おかえり。お、イーヴォ寝てるのか」
「寝たところだ。話は進んだのか」
「いや、まだぼんやりとどの辺から探索するかみたいな話しかしてない」
「そうか」
地図を囲み、住人たちは本格的に話し合いを始める。まだ小麦粉は数日分残っているため、今回は食糧確保はついででまずは探索をしようと言うことになった。
「メンバーどうする? この前と一緒にするか?」
「いや、半分入れ替える。なるべく他の者も遠征に慣れさせたい。もしもこの拠点から移動することになった場合を考えると、遠征に慣れた者が多い方がいい」
「あー、そうだな。可能性としてはなくはない。じゃあ……俺とテッドはまた加わるか?」
「おう、構わないぞ」
「そうだな。ギル、テッドはまた先頭を任せる。ニコレッタも連れて行く」
「じゃあ他の奴どうするかだな。ナタリア、来るか?」
「行くわ。外の情報は欲しい。それと教材があれば確保したいわ、足りていないの。ゾーイはどうする?」
「行きたいけど、私がいないと医者が不在になるからやめておく」
「そっか、わかった」
「兄さんどうする?」
「前回機会を逃したからな。今回は行く」
「オッケー」
テッドは遠征候補者の名前をボードにチョークで書いていく。
「俺とギルとナタリア、ヨイチ、ニコレッタ、クライヴ。あと二人ぐらいか。誰か、外に行きたい奴いるか?」
「あー、はい」
「お、じゃあケインも追加と……あと一人」
テッドが見渡すと、意外な人物が手を上げる。それはソニアだった。
「私も行きたい。お父さんとお母さんを探しに行くの、諦めてないの」
「ダメだ。ソニアはまだ子供だし……」
「……いや、連れて行こう」
「ヨイチ!?」
「本気?」
ヨイチは胸に抱えたイーヴォとソニアを見つめる。
「イーヴォもそうだが、本来なら強い個体に襲われている状況で生き残った幼体と言うのは群れにとって有益な動きをすることがある」
「あー……なるほど?」
「ま、まあ一理あるな……?」
「ラッキーガールを連れて行くってことね?」
「そうだ」
「ありがとうヨイチさん……!」
嬉しそうにソニアはヨイチに抱きつく。近くでしょんぼりしているジムを見つけると、ヨイチは声を掛ける。
「ジム」
「……なぁに」
「お前の姉は俺が面倒を見る。安心しろ」
「うん……絶対だよ」
「代わりに、俺がいない間ブレイズの世話はお前がしろ」
「ヌゥ!?」
話に持ち出されると思っていなかったブレイズの声が裏返る。
「! うん、わかった!」
「ヨ、ヨイチよ。逆ではないか……?」
「たまには世話される方も味わっておけ」
「ヌ……承知した……」
ジムは嬉しそうに「ブレイズ、俺の言うこと聞くんだぞー」と、はしゃぐ。
「ではメンバーはこれでいいな。いつにする?」
「天気が良ければ明日。そうじゃなければ明後日でどうだ?」
「うむ。それでいいか、ソニア」
「うん! ありがとう! あっ……ごめんなさい」
ソニアの声でイーヴォが目を半分開けるが、ヨイチの顔を見ると満足してまた眠りにつく。
「……懐かれてるなぁ」
「そう言えば最初に拾った時も、俺を見ても泣きもしなかったなイーヴォは。これも育ったら遠征に連れて行くか」
「そりゃ何年後になるかねえ……」

 翌日は残念ながら朝から雨が降ったため、翌々日の出発となった。拠点の雨除けの下で洗濯物を手伝っていたソニアの元へ、ヨイチとギルがやってくる。
「ソニア」
「はい!」
「ソニア、これを貸すから大事に使ってくれ」
ギルは腰に下げていた双眼鏡を少女に手渡す。
「お前は体力がない。だからと言って、何もさせない訳にはいかん。遠征の人数に余裕はないからな。よって、仕事を与える。定期的に俺の肩に乗って遠方を観察して報告しろ。いいな?」
「わかりました!」
 雨対策をしっかり行い、拠点の頂上でヨイチはソニアを肩に乗せ練習の時間を設ける。
「報告をすべき内容はまず敵の有無。AKUMAや武装した人間がいるかいないか。それから天気だ。今日は長い時間雨のようだが、明日は移動先に雨雲があるか報告しろ」
「わかりました」
「俺が示した方向の情報を言え。練習だ。少しずつでいい」
「はい!」
「ではまず、建造物が立ち並んでいる方だ。何が見えるか報告しろ」
「はい。……ええと、建物がたくさん建っています。ビルの間は見えません。AKUMAは見える範囲にはいません。天気は雨です」
「その調子だ。振り向くぞ。次は山の方だ」
「はい! 遠くに山が見えます。山の上は晴れています。その手前は雨です。敵……見渡す限り人影はありません。AKUMAも見かけません」
「最初にしては上出来だ。明日もその調子で報告しろ」
「え、もう練習終わり……?」
「俺もお前も風邪を引いてはいけないからな」
「あ、そっか……」
見張り台から降り、ヨイチとニコレッタは入念に雨を拭き取って厨房近くで温まる。一日かけて全員で入念に下準備をし、バーンドの住人たちは眠りについた。

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