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『青い悪魔』4

前作:


 拠点バーンドから遠く、かつて大都市であった名残を残すどこか。ヨイチとニゲンは長い飛行の末、街へ降り立った。AKUMAの気配は数体あるが、姿は見えない。
「兄上」
「ん、狭い範囲に数体いるな。早速狩りに、と言いたいところだが先に飲み水を確保する」
「水を?」
「我々も水は必要だ。それから、建造物の中も調べる。物資の調達と、休息場所の確保だ」
「なるほど、わかった」
崩壊したビルの残骸を避けながら、兄弟はビルの間を歩いて行く。
「しかし兄上」
「なんだ」
「我々だけなら無発声で話せるのに、なぜわざわざ人間語を使う?」
「人間は人に似た姿で人の言語を使っていれば仲間と錯覚する。話していればそれなりの範囲に聞こえるし、誘き出すのにも有用だ。あとお前も人間語の訓練が出来る」
「そうか、利点だらけだな。……あ、兄上、あれ」
「何か見つけたか」
「あの並んでいるのは食べ物ではないだろうか?」
ニゲンが指した先には放棄された個人商店があった。棚には菓子類や缶詰が見える。
「よく見つけたニゲン」
弟の肩を軽く叩き、ヨイチは店の中に入る。瓦礫と血痕で床が埋まっているが、AKUMAの兄弟は何事もないように進む。
「飲料は……あった。ん、水もあるな」
ペットボトルの蓋を開け、ヨイチは中身を一口含む。新鮮ではないが、腐ってもいない。
「ニゲン、水があった。お前も飲め」
「ありがとう。……人間は液体を何かに閉じ込めてることが多い?」
「食糧もそうだが、彼らは保存のために“容器”に入れる。これもその内の一つだ。これはペットボトルと言う形だ。ニコレッタがそう言っていた」
「ぺっとぼとる。ふむ……兄上、飲み方がわからない」
「コップと一緒だ。口に近付けて傾ければいい」
「ん……こぼした」
「拭けばいい。布も探そう」
「うん」
一本のペットボトルを二人で飲み干し、店内で見つけた布の袋に水を数本、肉の缶詰を見つけ入るだけ確保する。タオルも見つけ、ヨイチは弟の胸元を拭いてやる。
「これはタオルという布だ。人間が身体を拭くために使う」
「たおるか、覚えた」
「水と小腹を満たせる物は確保出来たな。次は……仮の寝床か。寝るなら毛布や布団もいるな」
「フトン。あの大きな布か」
「そうだ。寒さは出来るだけ回避したい。なるべく集めよう」
「わかった」
水と食料を持ち、兄弟は街の中をさらに移動する。数カ所、人間とAKUMAが抗戦したであろう場所を見かける。乾いた血が地面や壁にこびり付いている。
「これは人間の血?」
「人間だけとは限らん。動物もいる。だがまあ、人間の物だろうな」
「そうか。……」
「どうした」
「人間は我らに勝てもしないのに、なぜ戦ったのだろうと思って」
「死にたくなかったからだろう」
「勝つ見込みがなければ死ぬのに?」
「その辺りの見極めは人間は下手だぞ」
「そうなのか……馬鹿だな……」
「確かに我々からすれば愚かだが、それを人間に直接言うなよ。多分怒る」
「欠陥を欠陥と言って人間は怒るのか?」
「怒る。人間語で言うと“頭に血が上る”だな」
「馬鹿だ……」
「あまり言ってやるな」
 兄弟は次に、デパートだったビルへ到着する。入り口は瓦礫で埋まっていて二階の壊れた窓からしか入れない状態だった。二人は壁を歩いて中に侵入する。
「人間の巣にしては広い」
「ニゲン、人間の作る物には色々種類がある。これは巣ではない」
「巣ではない? では何なんだ?」
「人間は物資を互いに交換して生きて来たらしい。ここは交換の場だ。生活する上では使うが、寝起きと繁殖に使う場所ではないらしい」
「なるほど、役割を分けているのか」
「彼らはこう言う場所で食糧も交換するから巣との見分けが難しいがな。これだけ大きければ布もありそうだ。天井も残っているし寝床はひとまずここでいいな」
「うん。布を探そう」
二人は雑貨屋や衣料品店を適度に漁りながら、止まっているエレベーターを歩き上へ向かう。
「兄上あれ!」
「……ベッドだな」
二人は寝具の販売コーナーにたどり着く。ベッドやソファベッドなどが埃を積もらせて並んでいる。
「寝起きに使わない場所なのではなかったのか?」
「ううん、俺もわからん……。これも交換していたのか? まあいい、そのまま寝床に出来るな。とりあえず埃は落とすか」
ヨイチはシーツをめくり、埃を落とす。枕や掛け布団がそのまま残っているので、彼は試しに寝そべってみる。
「……問題なく使えるな。ここも巣だったのか……? しかしここはニコレッタと出会った建物に形が似ているしな……うーん」
「兄上、これ弾む」
ニゲンはベッドの上に立って軽く跳ねる。埃が舞っているが彼らは気にしない。
「あまり押すな。放置されてから何年も経っているはずだ。気を付けないと壊れる」
ヨイチが言い終わるかどうかのタイミングで、ベキ、と嫌な音がする。
「…………穴が空いた」
「気を付けろと言っただろう」
「ごめんなさい……」
「寝床も出来たし、物資もある程度確保した。狩りに行くぞ」
「わかった」
ヨイチはベッドから抜け出す。ニゲンはベッドから足を引っこ抜き付いた埃を払う。二人は並んで歩く。
「さっきの小さな建物に戻って水と食糧を持って移動しよう」
「今いくつか確保したのに?」
「あれは拠点の分にして持って帰る。今から取りに行くのが我々の分だ」
「そうか、わかった。……こう言うのを“ミヤゲ”と言うのだろうか?」
「ミヤゲか……どうだろうな……。その単語は初めて聞いた」
「ソニアがミヤゲを持って来てくれと言っていた。何でもいいから物を選んで持って来いと」
「ああ、なるほど。ニゲン、多分そのミヤゲと言うのは食糧のことは指していない」
「む、そうなのか。……それなら本をミヤゲと言うのか?」
「その可能性が高そうだ」
「それなら、本も探さないと」
「狩りの後で探そう」
「うん」

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