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ペット屋で過ごすとペット商売がサブスク感覚だとわかる

ペット屋に行ったら熱帯魚売ってて驚いた話です。ヘッダ画像をお借りしています。

ペット屋は犬猫だけじゃなくて魚も売っている。知っていましたか?ぼくは知らなかった。

そしてぼくは犬猫魚と全部ひっくるめてペットという概念で捉えたことがなかったので今でもいささか新鮮と違和感のはざまみたいな所におりますが、ペット屋でいくらでも時間が潰せるなと思った。

そして以前もお話した産業としてのペット……ぼくが見たのはめだか商売でしたが、

この時目にした例では元々就活生という毎年それなりの数いるだろう(少子化で年々目減りこそしているでしょうが)人々、つまりそれなりのストックオプション的な、確実性のある相手を商売相手にしてたようでした。

しかしながらわざわざ下宿を探してまで――――――さらには下宿に加えて就活アドバイザー的なオーナーからそれなりの教えが受けられるというプラスメリット的な付加価値まであるにも関わらず――――――このウイルス感染環境下における都会でする就活には需要が消え失せてしまった。

だからこの就活アドバイザー宿提供者の人はめだか養殖業になったんですね。毎年発生するはずの就活生はもう見限って、毎年発生する必要があるかどうかまでは別に法的に定められてないしわからないめだかに矛先が移るという事実は興味深いですね。

その事実を裏付ける理由は多分上記リンクのように「箱庭」に対する世間の興味がでかいから。つまりペット屋とは犬猫のような人生のパートナー的立ち位置および友人を得るためのインフラとしてだけでなく、自分だけの箱庭を造るためのサプライチェーンでもあるようだった。

でペットって人間みたいに毛が伸びたりするから何ヶ月か何年かに一度とかで散髪に来ますよね。トリミング屋も併設している。

あと金魚やめだか見てて思ったんですけど、金魚の食べ物はこれ、ペタの食べ物はこれ、もしあなたが三日間ぐらい旅行とかしたくて家を開けるならこれをあげときゃOKみたいなすげー合理的な餌もある。発泡スチロールみたいになってて腐らないように浮くっぽい?

そこまでの技術を今の日本が持ち合わせているなら、別にペットごとに食べ物を区別して売らなくても良いんじゃないのか……と思ったんです。どの魚にも通用する食べ物みたいに売ったらいかがかと。

じゃないと魚によっては食費が恐ろしくかかることになり、もはやそれなりの値段のサブスクなわけです。それぞれ値段が違うから、店側が色んなやり方で買う側にアプローチできる。食べ物は毎日必要で、腐らせたりしないためには一年分ドカっと買うわけにもいかないからせめて月極とかで買うんじゃないでしょうか。

これって犬猫より体躯が小さいとは言えれっきとした命を持っている(当たり前だ)魚に対して恐ろしく失礼なことを言っていると思うんですが、ペット屋ってそういう産業をしているんだから仕方ないという冒頭の話に戻ります。

箱庭って創って(環境を整えて)終わりじゃないんですね。神視点にはお金も時間もかかる。ということをペット屋でじっと水槽を見つめ続けていると実感する。ぼくと水槽の壁を隔てた先にいる水生生物たちとの間には、ガラス一枚どころかものすごい高さの壁がある。

観賞用に造られてしまったペタなんかは高い種だと5000円近くするけど、苺ジャムの瓶みたいなのに水だけ入れられてずっと浮いているだけだった。彼は死んでいるんじゃないか?と思うぐらいだった。周り全部真っ白な空間で瓶の外には出られない。ペタはなぜか知らないけど男しか種がいなくて、買いに来た人がもし現れたとて繁殖の喜びに目覚められる保証がない。

ぼくは何もする気が起きない秋の深夜に、今も閉店して明かりが消された暗闇の店内で浮いているだけの黒い高級ペタについて思う。彼はどうしているだろう。

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