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絵事常々 -制作のながれ⑧水干絵具-

やっとこさ色を塗るところに辿り着きました。
制作開始、あれは5月初めの頃の話…
しみいるような新緑の季節から、ぼちぼち紅葉。
まさか投稿するまで5か月を要するとは誰が想像したでしょう。


≪これまでの流れ≫

① エスキースや下図の説明(投稿:4月)
「制作しながら経過報告していくぞ」と浮き浮き投稿開始

 紙張りの話(5月)
すでに描き始めていたものの、紙張りの説明をしなくては!と思い立ち投稿
(早くも現状の進行と乖離しはじめる)


制作以外でわやわや


 転写紙の話(9月)
おもむろに転写紙の話を投稿(材料の話をせずにはいられなくなる)
実際は転写も下塗りも終わり、岩絵具で細かく描き込んでいる

④ 転写工程の話(9月)
まだ話す転写について
実況ではないことをこのあたりから開き直る

⑤ 墨の話(9月)
もういっそのこと使ってきた画材について改めて勉強し直す勢い

⑥ 図起こし(9月)
やっと画面を触りだすところの話
(実際の進捗は7割方終了)

⑦ 膠の話(10月)
まだ話す材料について


今回の投稿でようやく下塗り(イマココ!)

絵が終わるころに絵の1色目のお話です。



さて、記念すべき最初の1色ですが
もう何色にするかは決めております。

赤みの紫!


ここ1年くらい妙に「月」づいていまして
描くものも書くものも「月」、しかも「落ちる月」。
なんだか知りませんが急に月が落ちてきて
お手製の墨の揉み紙とも相性が良く「落月シリーズ」を展開しています。

そんな中、
前々から墨の下に赤みを忍ばせておくのが気に入っていまして、
なおかつ月の周囲にできる虹彩も想起できると思い赤みの紫1択です。


墨での図起こしからの…
下塗り1色目
見えにくいですが、ちらちら草原や岩山にもとばしてます


ほんと、空間とモチーフにさらっとひと塗りしただけなんですけどね。
でも最初の1手は結構緊張するのです。
真っ白なキャンバスは無限の可能性なもので(墨の揉み紙ですが)

この1色目ですが、
画材は水干絵具すいひえのぐなるものを使用しています。

今回の下塗りに使う絵具たち
水干絵具2色と膠さんです



◆水干絵具とは

着色する材料は「顔料」と「染料」の2種類があります。
顔料は紙の上にのっかる色材、染料は繊維にしみ込む色材で
水干絵具は「顔料」です。

古くは土や貝殻を粉砕して精製したものを指しました。
その精製の方法が「すいひ」。
粗い粒子を水でふるいながらきめ細かな粉にしていく製法です。

「すいひ」は水簸(干)・水飛の字があてられます。
水で細かくふるい落とし乾かす=干すことから「水簸」、
水で細かなものが運ばれる様を「水を飛るはえる」と記述したことから「水飛」の字が用いられています。

水干絵具は大別して2種類あります
・岱赭、朱土、黄土など土を精製したもの
・貝殻の粉や白土を染めたもの

古くは染める材料も植物性・動物性由来のものでしたが、
合成染料が用いられるようになり多様な色が展開されています。

発色よく、伸びが良いことに加え、安価。
1両(15g)で100円台からだもの。(岩絵具だと1両300円程度からスタート)

しかも少量でまぁまぁ塗ることができ、岩絵具に比べ非常にコスパが良い。
そのため下塗りにはこの水干絵具を、仕上げに岩絵具を使うというのが
発色良くお財布にも優しい王道の手法です。

レアなところでは染料の沈殿を顔料にした高純度なものがあり
こちらはすこぶる高級品です。


水干絵具の詳しい概要はこちら
武蔵野美術大学のページが見やすいです ↓↓



◆さて練ろう

また材料説明で熱くなりそうだ…
とりあえず工程の話をします。

水干絵具の使い方ですが、

細かくすりつぶして、よく膠水と練る


これに尽きます。

買った時の水干絵具はフレーク状だったりダマだったり
均一ではなく粗いまんまなのです。
これをそのまま練ると、まぁツブツブ・ザラザラの絵具。
それに加え水干の粒子に膠が絡まず剥落の要因となります。

ですので最初はひたすらすりつぶす。
目安はざらついた感触と音がなくなるくらいです。
丁寧に空擦りからずりされた水干絵具は、発色も定着もよろしい。
念のいった場合には更にガーゼなどで濾します。

絵具によって硬さが異なります
更には適切な膠水の量も違ってきます


なめらかになるまで膠水で練りましたら
あとは水もしくは膠水でのばして塗りやすいようにします。
私は濃い膠で練って水でのばすタイプ。

あまり濃い膠水でじゃばじゃばすると、絵具の発色が非常に悪くなる。
俗に「焼ける」「膠ヤケする」と言われます。
このあたりの塩梅はちと経験がモノを言うところ。
(要はヤケるのを経験して打ちひしがれたことがあるかどうかです)


このくらいの量で今回の範囲は塗れます
乳鉢は直径7㎝くらいのもの
2色溶いた後
これを混ぜ合わせて赤みの紫にします



こちらを混色します。
和紙の端切れなどで試し塗りして、いい感じの色に。
面倒がらずにキチンと色見本を作っておくと後々便利です。


こんな色
これは残った絵具を小皿に移し、冷蔵庫で保管して固まらせたもの


色見本帖
名刺サイズが便利



◆さて塗ろう

いよいよ塗ります!(臨場感)

絵具を練る前からざっくり塗りのイメージを持っておきます。
今回はあまりべったりつぶすようには塗らず、ほどよく染まる感じで。

薄くしゃばしゃばにした絵具を塗るのも1手ですが
紙にあらかじめ水を引いた上で、
ある程度の濃さの絵具をのせてぼかすようにします。

このやり方、塗りムラを怖がらずに挑めて良いんです。
水加減・紙の乾き加減・絵具の膠濃度さえ気を付ければだいぶ気楽です。


まずは水引き。

塗るエリアだけ水引き中
塗りムラなく絵具が引ける、揉み紙の凹凸も少しもどるので一石二鳥


紙の乾き加減をみて、えいやと絵具投入。

水引き後、ほどよい感じになるまで待ってから絵具を引きます
細かいところは平筆、大きなところは刷毛


パネルは寝かせたまま、乾くのを待ちます。

濡れ色は鮮やかですが、乾くと落ち着きます


余った絵具は小さな絵皿にとって、ラップしておくと後日使えます。

洗う前に余分な絵具はぬぐいとります
その後お湯とスポンジで洗います


絵具を練るのになんやかんや小一時間。
塗るのは20分くらい。
手間暇かけて作った料理をあっという間に食べる、あの感慨があります。

私は水干絵具の「和紙との相性」や「上澄みの透明感」が好きなのですが、
岩絵具だけで仕上げていく人も多いのですね。
その理由の1つに準備・片付け手間があるのではと半分本気で思ってます。


さて乾いた状態。

お月さん出てきました


さらっとしていますが、結構この赤紫、あとあとまで残ります。
赤系の水干は良くも悪くも後に響く。
着色の染料が滲みやすいというか、上から白で塗りつぶしても赤みが出てきたりする、湧いてきやすい要注意人物です。






やっと1色入りました。
1色入って、各モチーフに色を入れていって、まとめていく最初の方までは無邪気に楽しいんですよね…

今はどう詰将棋しようか、ちょっと悩んでます。

次は石や岩山を塗っていきます。
田原白土たわらはくど」という私の非常に気に入りの絵具が登場!


最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
また次回の投稿で。




蛇足

「水干絵具」は別名「泥絵具どろえのぐというのが一般見解になっていますが、少しひっかかっています。
泥絵具は質が低く精製が不十分なものを指していたようで、恐らく水干絵具とは別のものの名称。
精製技術が発展し質の低いものが無くなっていったんでしょう。
良いことです。

が、しかし!

「言葉がうやむやになる・水干と同義語になる」
こうした状況だと、ちと困る分野もある。少なくとも私は困る。
いつか自分の中ではハッキリさせようと思いながらも
歴とした根拠を探し出せず大きな声で言えない不甲斐なさ。
蛇足でこっそり書いておきます。




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