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『ランボー ラスト・ブラッド』を観てメンタルにトドメが入った話(ネタバレあり)

まだ休職する前の7月のこと。
会社指示の3ヶ月のステイ・ホームが明けて最初にやったことが、『ランボー ラスト・ブラッド』を観に行くことだった。
ちょうど疲労とストレスが急上昇を始めた春に予告編を見て、ランボーが人を殺しまくってる姿にハートを鷲掴みされてしまい、観たくて観たくて仕方がなかったのだ。

ただランボーシリーズって、実は最初の『ランボー』以外はもろ手を挙げて好きだというわけではない。
2の『ランボー/怒りの脱出』以降は、ランボーのキャラクター設定に全然ノれなくて。『ランボー』でのベトナム帰りの哀しさはどこにいったんだよ、と。
といいつつ、戦闘シーン目当てに結局全作観ている訳だけど、その程度のランボー鑑賞者の私でさえも、前作『ランボー/最後の戦場』のラストで、ついに故郷に帰ったランボーの姿に「ああ、良かった」と思ったものだ。

『ラスト・ブラッド』でのランボーは、故郷の農場で暮らし、血縁ではないが家族もできて、PTSDに苦しみつつも折り合いをつけながらなんとか穏やかに生きていた。
それなのに養女が人身売買組織に連れ去られてしまい、彼女を助けるべく再び戦いに身を投じる……というあたりまで事前にチェック済み。

このさらわれた養女、人身売買組織で受ける仕打ちが酷すぎて、観てるこっちも殺意しか湧かない。だからランボーが命懸けで助け出す姿に燃えるのだけど、やっとこさ救出したのに、なんと娘はランボーの腕の中で死んでしまう。
これが映画の冒頭30分くらいのことならともかく、話が半分以上来てからのこの仕打ち。
ここまでひっぱったなら、廃人同然でもいいから命ぐらいは救おうよ。

そしてランボー、故郷の農場も復讐作戦のために破壊。最後は傷ついた体のまま、馬で去っていく。
全てを失うとはまさにこれ。失ったものの為に戦うという話ではなく、ランボーが大事なものを失っていく話だったわけだ。
もうね、それならいっそ殺してあげて。これでランボー、どうやってこの後生きていくのよ。
ランボーが生きていけても、私が無理(錯乱中)。

この救いのない映画が、私に与えたダメージは大きかった。
ランボーが憎い奴らをグシャグシャに切り刻むのを観てスッキリするつもりが、戦いの先には結果もカタルシスも救いもなくて、傷しか残らない。
何のために戦う?
戦ってどこへたどり着く?
このまま働き続けて、何が残るっての?
このまま働いてても救われないんじゃないか?
と、悶々と。
私はそんなこと考えたくて、この映画観たんじゃないのよー!(ひどい言いがかり)

多分、メンタルが正常値なら、ダメな部分を脳内カットして戦闘シーンだけ楽しむとか、上手にスイッチを切り替えられたと思う。
でも弱っていた私は、うっかりノーガードでランボーワールドに没入してメンタル崩壊。
結局9月に入って休職と相成ったけど……。
でも、この映画観なかったら、もうちょっと引き延ばせたような気もするの……。

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