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活字の海に身をまかせれば|詩「ロンド」

   ロンド
                 文月悠光

夜の息吹が私の発する熱にはねのけられ、魚のように尾を振り上げる。触れるには遠すぎるし、見つめるには近すぎた。それでも打ち抜かれた胸の内をあばきたい。示したい。素手を差し出す、或いは取り戻す。オ前ハダレカ、という刃(やいば)を突きつけられる。その切っ先に研がれて、めぐる血潮はいつしか熱い。この身体はなぜ世界と接続を試みたのか。またしても、全てが打ち消され、〝私〟が動き出す。

まなざしは流れ、つむぐもの、射るもの、ほどくもの。そして再び結ぶもの。まぶたを落とせば、それは果てしなく生きる。緑の滲みわたる森、雫を落とす嘴(くちばし)、火が飛びたつ。さえずりを追う私の肩に、今夜も月がのぼっていく。その光のふところで、口火を切った。

お間違えのないように願う。確かに私は飛べず踊れずの一少女。だが、ひとたび活字の海に身をまかせれば、水をふるわせ、躍る。それこそ足になろう、ふくらはぎになろう、五本指の貝殻で踏みしめよう。指の先までことばとなろう。まなざしの四肢を引き寄せて、共に舞う。ロンドだ。この手は彼らを誘い込むことも、旅立たせることもいとわない。これが舞うということか、浮上するということか。たとえ、また心無い日常の底に引きずり込まれたとしても、そのさだめをかかとで愛撫し、さらに上へ。海原から顔を出してひとり、息継ぎのロンド! その度に息を奪われるさだめと闘い、まぶたの裏側で躍りつづけよう。日常とロンドのはざまで、ことばとなって喘いでいたい。

ーー詩集『適切な世界の適切ならざる私』(ちくま文庫)より
https://www.amazon.co.jp/dp/4480437096

適切な世界の_書影_帯付

解説:町屋良平
帯 推薦コメント:綿矢りさ
装画:カシワイ
装丁:名久井直子

「だから/おりてこいよ、ことば。」「されば、私は学校帰りに/月までとばなくてはならない。」―学校と自室の往復を、まるで世界の淵を歩くようなスリリングな冒険として掴みとってみせた当時十代の詩人のパンチラインの数々は「現代詩」を現代の詩としてみずみずしく再生させた。中原中也賞と丸山豊記念現代詩賞に輝く傑作詩集が待望の文庫化!

▶︎Amazon、全国書店にて発売中
https://www.amazon.co.jp/dp/4480437096

発売日 : 2020/11/12
ISBN-13 : 978-4480437099
文庫 : 158ページ
出版社 : 筑摩書房 (2020/11/12)

▶︎試し読みマガジン

▶︎目次(※一部。文庫版あとがき、町屋良平さんの解説が入ります)

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