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マッスル北村 僕を作ったモノ3

※文中の引用はマッスル北村氏の発言・文章をもとにしたものです。

30代も終わろうかという時に筋肉トレーニングを始めた。
きっかけは家族で遊びに出かけた帰り道だ。
横浜中華街から池袋へと向かう電車の車内はとても混雑していた。
三歳の娘は遊び疲れて抱かれた僕の肩に頭を預け眠っている。
電車が駅に着くたびに新たな乗客が乗り込んでいる。
あっという間に車内は通勤ラッシュさながらに人々でパンパンになった。

「くっ…重い…」
そう思った。
全体重を預けてくる娘の身体が、僕を苦しめる。普段デスクワークが中心で特にスポーツをやってきた訳でもない自分の力では、育ち盛りの娘を長時間抱き抱え続ける事が困難だった。
比較的、車内が空いていた時には抱え上げる腕を左右変えることでしのいできた。
しかし満員の車内では腕を替える事ができないのだ。これは貧弱者にとってはキツい。
拷問みたいなものだ。
いっそこの子を起こして立たせたろうかとも考えた。だってツラいんだもん。
幸い、次の停車駅で乗客が一定数降りたため、体が動くようになり妻に交代してもらい事なきを得た。
その時に思ったのだ。
「このままではイカン…」

これから先、子供はどんどん成長する。
一方で自分の体力は落ちていく。それを抱っこする自分を想像すると明らかにパワー不足だ。だがしかし地震等の災害時に子供を助けるのは誰だ?俺だ。
廃墟となった街を子供を抱えて走り抜けるのは誰だ?俺だ。
ケンシロウの様な強さが欲しい。

他の誰にも頼れない。
頼れるのは己のみ。
不測の事態に自分と自分の家族を守るという事を他人任せにはできない、必要最低限の体力は維持していく必要があると感じた。
さっそく行動に移した。

いわゆるスポーツはしてないが、簡単な運動位はこの歳になるまで時折、チョコチョコとやっていた。ただ、それは減量を目的としたものだった。
少しの間やっては途中でやめてしまうというよくあるパターン。
腹筋や腕立て、ランニング時々水泳、そして食事制限というこれまたよくある組み合わせで行い、モチベーションを高めてくれるのは常に映画【ロッキー】のトレーニングシーンだった。

それなりに一定の効果はあったが、やる気満々の時の運動と食事制限は往々にして無茶をしている事が多く、リバウンドも確実にあった。
何より短期間での成果を求めてばかりで継続する事ができなかった。

ただ、今回の目的は違う。
サイズの一回り小さいズボンが履きたいとか健康診断が近いから体重を落としたいとかそんな軟弱なものではないのだ。
欲しいのはパワーであり、強靭な肉体なのだ。
世紀末の乱世を生き抜く様な強さなのだ。

筋力を強化するため何が必要か、考えた末に近所の区民体育館に向かった。
家の近所には有名なフィットネスジムがいくつかあったが、敢えて区営のジムを選んだ理由は値段だった。一回400円程度、入会費不要のため続けられなければすぐ辞めれると軟弱者は考えたのであった。

区営のジムとはいえ、設備はそれなりに揃っていた。体の部位別に用意された各種エクササイズマシンは素人の僕には充分だった。ベンチプレスはなかったが代わりにダンベルがあった。

係員の人から機材の使い方とジム内のルールについて一通り説明を受け、我が肉体改造計画は始まった。とりあえずめぼしいマシンは全て試した。始めたばかりは誰でも勢いを持っている。当然フルパワーで長時間のワークアウトだ。とにかく自分のパワーを鉄製の無機質なマシンに全力でぶつけた。館内に響き渡る金属音。あっという間に汗まみれになり、手足は小刻みに痙攣を繰り返す。気分は高揚し、動きは加速する。

2時間ほどかけて全てをやり終えた後、物凄い充実感に包まれていた。自分はやり切ったのだ、立ち向かって全力を出し切ったという達成感。
ハッキリ言ってそんなに重い重量を扱っていない。回数にしても大した事はない。
しかし、初心者にとってはハンパない満足感なのである。この達成感はあれから数年経った今でも感じる。雨の日や寒い日、眠い日やちょっとダルい日。怠け心が顔を出して今日はお休みしちゃおうかなという時に、それでも自分を奮い立たせて行ったトレーニングの後には、やはりやってよかったという達成感が訪れる。
昨日の自分に負けなかったという行動の見返りに少しの幸せが与えられるのだと思っている。
そうして毎週土曜日の朝にジムに通う様になったが暫くの間、トレーニング後の午後は眠って過ごす事になった。午前中の疲労に体が耐えらず、起きている事ができなかったのだ。

その頃、ジムでフリーウェイトつまりダンベルを使ってのトレーニングを中心にやっていた。鉄アレイを両手に持ってベンチに横たわり胸の位置から両手を天に向かって突き上げる動作、ダンベルベンチプレスという奴だ。
最初にやった時は確か一つ10kgだったと思う。
両手に10kgのダンベル、合計20kgを握り行うそのトレーニングで僕は大胸筋を鍛えようとした。たった10kgの重さが当時の僕には精一杯だった。それでも必死でやった。そのジムにあるダンベルで最も重いのは一つ24kgの物だったがそんな重いのは到底扱えなかった。
それでも少しずつでも重量を上げて限界を越えるのを目標として取り組んだ。とにかく扱う重量を大きくする事を目指した。

そんな時期に出会った一冊の本がある。

マッスル北村 伝説のバルクアップトレーニング

なぜこの本を手にしたのかは覚えていない。ボディビルダーの名前なんて一人も知らないし、今まで興味を持った事もなかった。トレーニングの参考になる本を探していたのだが膨大な数のトレーニング マニュアルが並んでるAmazonで僕が購入したのがこれだったのだ。
購入するにあたりNHKのテキストの様な本は嫌だった。体育大の学生みたいのがお手本になって、丁寧な解説が書いてある模範的なタイプではダメだと思った。あと外国の書籍も避けた。骨格や食生活が違うため参考にならないのでは、と懸念したためである。
もっと確実に早く、強く、デカくなれる「極意」のようなものを教えてくれる日本人の本が欲しかったのだ。そんな僕にこの本の表紙の写真は説得力のあるものだったのだろう。

所詮、軟弱な素人の考えるレベルなのでご容赦頂きたい。今ならわかる、ウェイトトレーニング においては誰でも簡単!みたいな方法は存在しない事を。基本的な動作やコツ、アイデアはあるものの生まれ持った体質や骨格、日頃の食生活等に左右される事も多く万人に効く近道などはない。鍛えあげられた身体は一朝一夕に作り上げる様なものでは無い。体力と精神力を注ぎ込む継続的な日々の鍛錬と試行錯誤の末の賜物なのだ。
「運動はしたいけど、筋トレとかしてボディビルダーみたいなムキムキにはなりたくないんだよね〜」などと口にする人は男女問わずいる。
そんな人達には自信を持って言える。「安心してください、なれませんから。」と。ならないではなく、なれないのだ。

マッスル北村こと北村克己氏についてはこの本で初めて知った。そこに書かれている内容は彼のトレーニング方法についての説明もあったが、大半は彼の自伝的エッセイでもある「ボクの履歴書」からの抜粋内容だった。
トレーニングの解説よりもその半生と彼の人柄に強く惹かれた。

子供の頃から、「鍛えることで道は開ける」と信じて行ってきた破天荒とも言える荒業の数々。
人間技とは思えない高重量を用いたトレーニング方法。
身体を大きくするための尋常じゃない食事量。
東京大学を中退後に東京医科歯科大学を目指し合格してしまう程、明晰な頭脳。
威圧感を覚える様な肉体を持ちつつ、誰に対しても謙虚で腰の低い姿勢。
動物など自分より弱い存在に対しての献身的とも言える優しさ。
ドーピング疑惑を受け日本での活動が出来なくなり舞台を海外に移した事。
己の決めた規律に対し徹底してやり抜く精神力。
そしてその強靭な精神力が肉体の限界を凌駕し、若くしてこの世を去ってしまったこと。

こんな人がいたのか…と目から鱗が落ちる思いだった。これが話半分だとしても凄すぎる。そしておそらく全て真実だと思う。さらに映像を見てその漫画のようなトレーニングの光景に度肝を抜かれた。この本を読み込みマッスル北村という人を知れば知るほど、僕の中の自分もやってやるという思いは強くなっていった。

この人の様に自分もトレーニングに打ち込んで自分の身体を鍛えあげたいと強く思った。と同時に今のやり方ではダメだとわかった。
血の滲むような思いはしていない。影響を受けやすい性格なのだ。本気でやっている人と比べると自分のやっているのが量も強度も足元にも及ばない事はハッキリした。

まずトレーニングの量を増やした。
週末の1、2回だけでなく平日の夜も行うようにした。仕事を早く切り上げ、帰宅後もジムに行くようになった。会社の近くの区立ジムにも行った。公営のジムは終了時間が早いため帰宅にかかる時間がもったいなかったのだ。

彼のやってる1日8時間はできないにせよ回数と密度を上げて常にできる限りの高重量を使用した。10kgで精一杯だったダンベルは毎回一つ上の重量を一回は使うようにして、それが10回反復できるようになったら更に上の重量に挑戦するというルールを課した。
それから数ヶ月でジムの最重量24kgを扱えるようになっていた。この時、やればできるという事を自らの体で実感した。始めたばかり頃は24kgのダンベルに触れただけで絶対無理だと思っていたのに。
2つで48kg、こんなの持って動かすなど自分にはできない。そう思っていた事が現実にできるようになっているのだ。力が確実についている。この体験は僕を奮い立たせた。自分にもできるのだと。

誰かと競い合うわけではない。ただ自分とのみ向き合い、そして超えていくというウェイトトレーニング は自分にとって最適だった。
ボクサーを志すも他人を殴る事に罪悪感を覚え、殴られた数しかパンチを出せなかったというマッスル北村もこの部分に魅せられボディビルに目覚めたという。

それまでボクサーとして闘う為に身体を鍛えていた僕にとって見せる為だけの筋肉を追求するボディビルは出来そうにもなかったが、
「鍛えれば鍛えるほど道は開ける」という信条に生きてきたボクの性分にウェイトトレーニング自体は合っていた。
やればやるほどのめり込んでいった。

食事についての考え方も大きく変わった。
彼の本を読むとその常軌を逸した食べ方が書いてあった。
体重を増やすため普段の3度の食事に加え、鍋一杯の雑炊を毎晩作りそれを食べるまでは絶対に寝ないと決めて眠気と戦いながら完食していたという。

雑炊の他に全卵20〜30個、牛乳2〜3リットル、サバの水煮缶3個、プロテイン200〜300gを1日のノルマにしていた。
その他に家族と同じ食事をとっていた。
食が進まない時にはそうめんや冷麦を流し込んだりした。
胃が苦しくて絶えず吐き気をもよおしていたが、食べ物を粗末にしたくなかったので決して吐く事はしなかった。

笑ってしまうような内容で流石にここまではできなかったが、いい身体を作るという時に常に食事制限をセットにして考えていた僕は作るためにこそ食べるという事を教わった。
理屈で考えると確かにそうだ。
トレーニングやジョギングの運動が強い体を作るための工事だとしたら、食事はその材料にあたる。工事する人をいくら増やしてもセメントや鉄筋等の材料がなければビルは作れない、どれだけ強い運動をしても必要とする栄養素を供給しなければ体は萎んでいくだけだ。
僕の周りにも体重が増えたからと食事を抜いたり、米や肉を控えた生活をする人が沢山いる。おそらく体重計の数値を気にしてのことだと思うが、このやり方は脂肪だけでなく必要な筋肉も落としてしまう。栄養素が足りないと筋肉は異化作用を起こして簡単に失われてしまうのだ。

食べたい物を我慢して生活し、体型を作ろうとするスタイルを僕は「マイナス思考」と名付けた。
逆に食べたい物を好きなだけ食べる。その分、体を動かし代謝を高め理想の体型を作るスタイルを「プラス思考」と名付けた。
自分はプラス思考で生きていくのだ。減量なんて眼中にないぜ、マッスル北村の如く食いまくってやる。そう考えただけで心が前向きになった。
もっとも、マッスル北村は秩父の山奥から石神井の自宅まで飲まず食わずで一晩かけて走り抜き、足を血まみれにしながら一日で10kg痩せるという凄い減量方法をやってしまうような人だったが。

筋肉というのは脂肪を燃やすボイラーなんです。
ボイラーが小さければその分の脂肪しか燃えない。だったら少しでもボイラーを大きくしなければならない。
つまり減量だと言って有酸素運動ばかりをたくさんやらない方がいいという事です。

それから僕は食べまくった。
目につくものは何でも食べた。栄養分など気にせず、まずは体重を増やすために毎食苦しくなる限界まで食べるようにした。
体重はあっという間に増えた。2カ月位で70kg弱だった体重は80kgを超えるまでになった。それに伴い、確かに力も強くなった。

いつしか区営のジムのダンベル重量では物足りなくなり、民間のジムへの入会を考えるようになった。見学を行い、いくつかの選択肢の中からゴールドジムを選んだ。
家から最も近い事と体を鍛えようと本気で考える人達が多いのが選んだ理由だ。きれいな更衣室もなく、洒落たジャグジーもない。でも高重量のダンベルやベンチプレス、鍛える道具は大量に揃っている。早朝から営業しているので出勤する前の時間をトレーニングに当てる事ができるのも決め手の一つだ。
そこがあのマッスル北村が生前通っていたジムだという事を知ったのは入会してからだった。

それからは週に4〜5日ペースでトレーニングを行った。高強度のトレーニングと大量の食事で僕の体はだいぶ変わり、周りからも体つきが変わったと言われるようになった。
おそらく以前のレベルが低かったために発達が比較的早かったのだと思う。そうなるとトレーニング自体が今までより楽しくなってくる。様々な書籍やネットの情報を読みあさり、色々な練習方法を試してみた。
ダンベルは片手で34kgを扱うまでになった。マッスル北村の使用していた90kgのダンベルは流石に持ち上げることすらできなかったが。
もっと成果を出したいとネットで調べた情報をもとに様々なサプリメントを購入して飲みまくった。多い時は一日に6〜7種類のサプリを飲み、もはやどれに何の効果があるのかわからないくらいだった。
着ていた服はキツくなりMサイズからLサイズに変えた。
特に胸元と腕まわりがキツかった。

会社の定期健康診断で体重が前年比で10kg以上増えていることに対して問診医は「運動をするように心がけましょうね」と言ったがこちらは毎日のようにしているのだ。それもかなりきつめに。
「あんたよりはしてるよ」と言いたいのをグッと堪えて肥満気味の先生のその言葉にただ頷いた僕であった。
自分の身体を意識するようになると、医者の言う一般的な助言などには耳を貸さなくなった。自分の体は自分が一番よく判っている。
節々が痛む理由も、体重の増減も自分が一番把握しているのだと、血液検査の結果が従来より悪い「C」判定でも全く意に介さなかった。

自分のやる気任せで勢いづき、己の力量も知らずに強者を気取って高負荷のトレーニングと過剰な食事を繰り返していた僕に待ったをかけたのは翌年の健康診断での「E」判定だった。
肝臓の数値がずば抜けて悪かった。さすがに再検査ということで専門医に見てもらった。「肝臓に脂肪が付きすぎています」と医者は僕の白くなった肝臓のCTスキャンを見ながら告げた。このままでは肝臓癌になる恐れがあると言われた。怖くなった僕は今自分がやっていることや摂取しているものを正直に先生に話した。
もともと肝機能が強くないため、栄養を処理できていない。自覚症状が出る頃には手遅れの可能性が高いので激しい筋トレや暴飲暴食を控えるようにと言われた。

トレーニングができるという事がどれほど幸せなことかということを改めて知った。
自分のものだと思っていたこの肉体も実は神様からの借り物であり、大切にしなければならないということ、そして肉体には意識があり、その意識を無視して自分の意思で無理強いを続けると、自分の管理を離れて肉体がストライキを起こし、さらには自己崩壊してしまうということも学んだ。

マッスル北村のようになりたいとトレーニングを始めたのだが、まさか彼と同じように鍛えるべき肉体を逆に傷つけることになるとは思っていなかった。
違ったのは彼は高重量を使用した激しいトレーニングの末の筋断裂で、僕は食べ過ぎが原因の脂肪肝であること。彼はその精神力で見事復帰を果たし世界トップレベルにまで行ったが、僕はビビってトレーニングと食事を控えめにするようになったということ。


以前ほどの勢いはないが今もトレーニングは続けている。週に2〜3回はジムに通い1時間弱のトレーニングを行っている。習慣からか体を動かさないと調子が悪くなるような気がするのと、やはり最初に憧れた強い肉体を求める気持ちがまだ自分の中に残っているからだ。ネットや雑誌から新しいトレーニング情報も得ているが、サプリメントの大量摂取はやめた。
そんな中でもマンネリを感じたり、怠け心から休んでしまうような日が続くと僕は上記の本を開きマッスル北村の言葉を読み返すようにしている。
そこには必ず何か新しい発見があり、それが僕のやる気を掻き立ててくれるのだ。

多くの人にとって、社会の中で与えられた環境で自分の可能性を発揮できる機会は少ないかもしれない。
でもトレーニングをしている瞬間においては自分自身が掟でいられる。
自分が自分のマスターであり、その生き方に対して責任を持つことになる。

ここ数年も健康維持のために筋力トレーニングがブームのように騒がれているが、確かにその効果は大きいと思う。真面目に取り組めば性格や考えが前向きになり、小さなことにクヨクヨしなくなる。まさに胸を張って歩けるようになる。
だから自分もなるべく多くの人に勧めるようにしている。

ここまで書いてきて、まるで僕が凄い身体を作り上げた人間であるかのように思われても困るので説明すると全然たいしたことはない。トレーニングをしたことであくまでも以前の貧弱な体に比べて、大きく強くなったというだけである。
ただ、それを通じて得た体の丈夫さや達成感等の経験は自分を信じることの支えになっている。

単純に肉体的成長を求めたウェイトトレーニングは僕に精神的な成長をもたらしてくれた。
己の意思で重量という数値を上げていき、筋肉の成長へとつなげる達成感。自分の弱さを再認識し、それでも努力すれば可能性は開けるということ。何かに打ち込むことで得られる満足感としくじったときの挫折感。身近なところに日々、努力を続けている人たちがどれほど多くいるかということもジムに通うようになって気づかされた。

何よりもマッスル北村という人間離れした荒技をやってしまう人が本当に実在するということ。そしてその人が威圧感を覚えるような肉体を持ちながらも常に謙虚で物腰の穏やかな人間であったということ。自分に厳しく他人に優しいという漫画や映画の中のような人が実在するということは、僕の人生に大きな勇気を与えてくれた。

トレーニング に埋没していく様を奇人変人的に見ることもできるが、アウトサイダー的自由な生き方として見ることもできると思う。
そして自由の裏には孤独が付きまとうんです。

マッスル北村の逸話が語られるとき、そのやり方の凄まじさだけが大きく取り扱われるが文を読む限りはトレーニング内容には常に高度な医学的知識に裏づけされた理論が備わっている。あくまでも理論的であった。その一方で、肉体と精神の調和を志していた彼はアストラル体等、スピリチュアルな部分についても深く入り込んでいたと思われる。
自分の肉体のすごさや優秀性を誇示することだけを目的としたらそれはあまりにも浅はかで寂しい、優しさを伴い人としての魅力を備え、肉体と心の調和を完成させた者こそが真の勝利者であると語っている。

肉体を極限まで鍛えた彼だからこそ、内面から湧き上がる見えない世界にある不思議な力の存在というものを肌で実感したのだと思う。
そしてその力を信じ追い求めるあまり、肉体の許容値を超えるトレーニングへと突き進んでいったのだと思う。

かつてボクは肉体に生命力、治癒力を与え、肉体そのものを創造・発展・維持していく存在としてのアストラルボディの実在について紹介した事があったが、今回の筋肉の再生はまさにそれを実証するものであった。
例え三次元的な肉眼で捉え得る筋肉がズタズタに破壊されようとも、
アストラルマッスル、すなわち魂の筋肉が健在な限り三次元的筋肉は回復し、
さらなる成長に向かうのである。

世の中には何かに向かって物凄い集中力を発揮する人間が存在する。目標とするものに対しての妥協や甘えを許さず己を律して成し遂げる人達。イチロー然り、キングカズ然り。歴史上の偉人たち然り。マッスル北村もそのタイプだったと思う。
ただ、一般人にはとても真似できない行動の中で犠牲にしてきたものも多かったのだと思う。

当時のボクは、両親や妹のボクに対する愛情を当然のものとして受け止め、それに感謝し報いることもなく、人生に対する自分の選択を絶対と信じてしまっていた。
自分の自助努力のみを評価し、家族の犠牲に対して盲目になっていたのだ。
勉学の道を捨てたことを悔やんでいるのではなく家族の心を捨てた自分を今、自分にだけは嘘をつけない心が自分を許す事ができずに苦しんでいるのだ。

いつか八王子にある彼の眠るお墓を訪れたいと思っている。
肉体と心のコントロールと調和こそが最終的に目指すべき境涯であると考え、魂こそが生きるものの本質であり、滅びることはないと言っていた彼に伝えたい。あなたに影響を受けた僕や大勢の人の中には今もあなたの存在があり、その魂は生き続けていることを。自分自身に挑戦するということを教えてくれたことに対しての感謝を。そして一度お会いしたかった、見た目と真逆とも言えるその物腰の柔らかな口調を実際に聞いてお話しさせてもらいたかったと伝えたい。

彼が人生を賭けて求めていた「完全燃焼」と言う状態に僕はまだまだ至っていない。これから先もできるかはわからない。ただ、トレーニング であれ、他の事であれ、何かに興味を持ち夢中になる日々を送っていきたいと思っている。
自分が理想としている物、本当にやりきったと思える何かを作り出していく事を実現したい。理想に力量が追いつかず、一生叶わないかもしれないが、それでもそれを求める人生を歩んでいきたいと思うし、そこに至るプロセスを楽しんで生きていたい。


僕の通うジムの壁には、今も生前のマッスル北村氏が着用していた日本人離れしたビッグサイズの派手なトレーニングウェアと幾つかの写真が飾られている。
幾年月を経て、その写真の一部は色褪せているが彼が強靭な肉体と精神力とを携えこの世に存在していた日々の証が並んでいる。
その中の一枚には北村氏によるメッセージが書かれている。
お世辞にも達筆とは言い難いその文字を読む度に僕は自分の不甲斐なさを再確認しつつ、それでもまだやれるはずだと自らの気持ちを高めている。

自分の心の弱点を修正する事は
百千万の敵に勝利するよりも得難い事です。
己心の魔に克つ者こそ偉大な勇者であり、
愛の実践者であり、正法者です。
                合掌
北村克巳


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