認知行動療法 ~行動・考え方の癖に気づく~【アドラー心理学とは何か"臨床心理学と自己啓発を整理する"#8】
パブロフの犬はご存知でしょうか。犬に餌あげる時ベルを鳴らすようにしていたら、餌なくてもベルを鳴らしただけで唾液が出るようになる、条件反射 (conditioned reflex)で有名な実験です。
こちらパブロフ(Ivan Pavlov 1849-1936)が1897年『主要消化腺の働きについての講義』に記した実験です(文献①)。犬は「ベル音=餌」と学習してしまい、ベル音だけで身体が反応するようになりました。こうした学習による身体の変化は人間にも当てはまり、現代の臨床心理学で重要な考え方です。
このシリーズでこれまで解説してきたアドラー心理学とは随分違うように思えます。確かに世界観や目的意識は違いますが、行動と認知を変えていくという考え方はアドラー心理学のライフスタイルと近いものがあります(文献②)。
今回は、精神医療では2010年から保険適用となる(※)など、心理療法の中でも広く認められている認知行動療法を見ていきます。アドラー心理学との共通性や相違を見る中で、世に広がる「心理学」理解が深まればと思います。
1.条件づけ・行動療法
学習理論を基づき、不適切な行動を適切に変えていくのが行動療法です(文献③)。例えば、喫煙はニコチンの依存性も大きいですが、習慣との紐づきも侮れません(文献④)。食後=喫煙、休憩になった=喫煙所へ向かう、こうした結びつきに気づいて意識的に断つことが禁煙では大切です。タバコ以外にも色んな習慣で言えます。食事とSNSが結びついている人は多いでしょう。
行動を考えるには、学習理論のうちスキナー(Burrhus Skinner 1904-1990)のオペラント条件付けも重要です。刺激に対する行動を起こして、良い結果が得られたら次からもその行動をするようになり(正の強化)、悪い結果なら次からその行動を起こさなくなっていく(負の強化)、というものです(文献⑤)。
例えば、イライラした時に飲酒で忘れられたという経験があれば、またイライラした時に飲酒するようになります。学習は必ずしも正しい認識とは限りません。酩酊状態になれば一時的にぼかせますが、基本的にイライラが減るのは単に時間が経ったからです(文献⑥)。しかし、飲酒のおかげで良い結果が生じたと勘違いします。一方で身体への悪影響は飲んだ瞬間悪い刺激が加わるわけではないので学習しづらいです。結果、人を突き動かすような負の強化が起こるのは、深刻な合併症・家族離散・失業・多重債務といった「底つき体験」になります(文献⑦)。
こうした条件付けなど学習理論を理解・利用して、行動の制御・変容を目指すのが行動療法です。行動のきっかけとなる刺激から遠ざける、別の行動に刺激を結びつける(習慣拮抗法)などで悪い条件付けを消していきます。そもそも酒やタバコから遠ざける、イライラしたら飲酒喫煙ではなく散歩をするといった具合です(文献⑤)。
しかし、行動を制御することは容易ではありません。「悪い条件付け」と理解していても止められない場合もある中、そもそも悪いとも思っていないことも多いです。行動だけでなく思考にもアプローチするのは重要です。
2.認知行動療法 ~出来事は人が価値づける~
認知行動療法 (CBT:cognitive behavioral therapy)は、行動に加え予期・判断・信念・価値観など思考の変容を目指します(文献⑧ p.36)。60年代ベック(Aaron Beck 1921-2021)がうつ病治療に用いた認知療法を土台に、80年代行動療法と統合して発展しました(文献⑨ p.11)
ネガティブ思考を前向きに出来ると謳われ、一般書も多数あります。ですが、単に前向きとかポジティブ思考という話ではありません。マイナスの状況を生み出している思考のクセに気づく、考え方を広げるコツを得られるという話です。
認知行動療法では、事実の受け止め方は自分の状態に影響すると考えます。同じ状況や出来事に直面しても、人の認知(考え方)によって、結果としての感情や行動は異なります。
この説明でよく挙げられる話が「水入ったコップを見て、半分しかないと見るか、半分もあると見るか」です。間違ってはいないんですが、この例は日常の思考の例としてあんまり役に立ちません。
事実をどう価値づけるかの認知は状況を含めてしています。日常生活では水の例は「どっちでもいい」ことが多い。ただ、例えば飲食店で飲み物を注文をして、容器半分しか入っていないで出てきたらどうでしょう。
ですから毎回「半分もある」と考えればいいわけではありません。現実に照らし合わせながら考えて、必要があれば考え方を見直していくのが大切です(文献⑩ p.9)。物事の価値づけは人の認知で変わるよ、と簡潔に示したかったあまりに、意味の薄い例になってしまったと思われます。
そのような例を使わずとも、実際に日常で陥ってしまう例はいくらでもあります。説明にはエリス(1957)のABCモデルがよく使われます(文献⑪)。
例えば、普段接している人にいつものように挨拶をしたら返事がありませんでした。この時、「たまたま聞こえなかったのかな」と考えれば、特に心は動きません。しかし、「嫌われたかな」「まずいことしたかな」と考えれば、不安になります。
一回不安になるだけですぐ消えれば問題ないですが、認識が現実と大きくずれているのに同じような小さなことのたびに不安になり、深刻に嫌われたんだと考えてしまい、憂鬱や怒りに繋がってしまうと問題になります。他人からすると「考え過ぎ」で済む話でも、当人はなかなかそう思えないのです。
認知行動療法では、自分の思考に気づいて修正できるように、記録表やシートを用るなどして、客観的に見る訓練をしていきます。
3.考え方のクセ(認知の歪み)
認知行動療法でよく紹介されるのが、多くの人が陥ってしまう考え方のクセです。認知の歪み(cognitive distortion)と言われ、バーンズ(1980)の10分類がよく使われます(文献⑬)。これらは日常生活においてもとても参考にはなりますが、誰もが陥る可能性のある思考であり「間違いだ全部なくさないと」と考えてしまうのも実践的ではないので、本文では玉井(2016)を参考に「考え方のクセ」と呼称しています(文献⑫)。歪みを矯正するというより、気づいて張り詰めた考えをほぐすという感じです。
こちらが10分類、1つ2種類割り当てているので11分類とも言えます。
名称だけでも何となく想像できますが、一つずつ見ていきましょう。
(1)全か無か思考、物事を白か黒かで考える極端な思考です。1つでもミスがあれば無価値と捉えるのは、他にある成功や成果を捨ててしまっています。なお、これら「考え方のクセ」は自虐だけではなく、他者への認識も含みます。全か無か思考では、他者の仕事を正当に評価できず、ミスを不毛に糾弾して他者を疲弊させます。考え方のクセは、自虐的なネガティブに限らない話なんですね。
(2)過度の一般化、一つの出来事を普遍的に捉えてしまう思考です。1度うまくいかないことを”いつも”,”絶対"うまくいかない、1人に悪口を言われたことを”みんな”悪口を言ってくる、と拡大解釈します。1度ならそこまで思わない人でも、2度3度と重ねれば陥っていく可能性があります。
(3)心のフィルター、物事の暗い面ばかり見てしまうことです。多くの称賛を受けても一つの批判コメントばかりが気になる、というのは何かを作り世に出す人の多くが一度は感じるでしょう。人間の危機察知能力の1つなのでしょう、どうしてもネガティブなものは目に付きます。
(4)マイナス化思考、良いことなのに、悪いように考えます。disqualifying the positive、直訳はポジティブなことを不適格と見なす、です。成功しても「たまたま」「どうせ次はない」「運を使った」などと考えます。対象が自分にせよ他人にせよ、聞いた他者は困惑してしまいますね。対象を低く評価していた自分の認識を修正したくないのかもしれません。
(5)結論の飛躍、事実とかけ離れた認識をしてしまうことです。
a)心の読みすぎ、相手の心情を勝手に考え過ぎることです。「挨拶が返ってこなかったから嫌われた」はこのパターンですね。
b)先読みの誤り、未来を悲観的に決めつけることです。未来は「明日のプレゼンは失敗するんだ」というレベルから、「一生上手くいかない」というレベルまであります。未来の事だけに完全に否定しきれない分、修正も難しそうです。
(6)拡大視・縮小視、気になる面だけを過大に評価し、それ以外を過小に評価します。例えば、一度のミスを「クビになる、人生終わりだ」と捉える、仕事がダメだったことばかりが気になり同僚と良い関係性であることなどは忘れる、という感じです。他者から見れば「考え過ぎ」「大げさな」と思えても、当人は深刻なんですね。
(7)感情的理由付け、感情を理由に認識が正しいと思い込みます。「失敗したくないから不安なんだ」ではなく「不安だから失敗する」と感情を理由に使います。他者に向かえば「私が怪しいと思ったから、あなたは嘘つきだ」などとなります。
(8)「べき」思考、理想通り行動することを義務と考えます。「ネガティブ思考は全て無くすべき」など実現し得ないものを「べき」とすると苦しみます。「社会人たるものこうあるべき」といった規範の押し付けは、押し付けられた側も深いですが、規範は人によってズレるものであり実現しないので押し付けている側も苦しみます。
(9)レッテル貼り、対象の性質を決めつけます。ある行動で失敗して「自分はダメ人間」は自尊心を下げ、「あいつはダメ人間」は他者の価値が見えなくなります。「あいつは天才だから」は高評価ですが、自分と違う世界と突き放している面もあります。なお、レッテルはオランダ語由来で、ラベルと同じ意味です。ラベリングでもレッテル貼りでも、理解しやすい方でどうぞ。
(10)自己関連付け、自分が関われない出来事も自分のせいにしてしまいます。極端な例は「私が雨女だからイベントが中止になった」です。人は自身を犠牲にしてでも、因果を明示したがります。全て説明可能な世界であると思い続ける意味で、自分を守ってもいるのでしょう。現実は、人間が制御不可能な変数も含めて関わる変数が多すぎて、全て説明するのは不可能です。
ここまでいかずとも「家族の機嫌が悪い、自分のせいかも」は自分の行動が関わっている可能性はゼロではありませんが、機嫌の主体は自分ではなく全てを制御はできません。「課題の分離」が出来ていないと言えます。
これまでの分類の例でも、劣等コンプレックスで見たような感じもあり、アドラー心理学で考えられるものも多そうです。
こうした「考え方のクセ」があるのだと知っておくことが、気づいて修正する上での第一歩です。認知行動療法では、不安や怒り、苦しみなどに直面した際に状況を整理観察して記録に取るなどして、自らの考え方のクセを発見して修正していきます。方法がシステム化されている点は、アドラー心理学とは異なります。
「考え方のクセ」の典型例を知っておくだけでも、日常の不安や苦しみへの対処に役立つかもしれません。
(次回へ続く)
【注釈】
※令和4年度の医科診療報酬点数表では、区分I003-2 認知療法・認知行動療法となっている(文献⑭)。保険適応は所定の条件を満たして医療として行われる場合のみであり、全ての認知行動療法が保険適応というわけではない。
【参考文献】
①I. P. Pavlov "Lectures on the Work of the Digestive Glands" (ln Russian) Kushneroff,1897
②伊東毅「アドラー心理学的治療と認知療法の比較」『アドレリアン』10、pp. 16–17、1992年
③内山喜久雄・坂野雄二・前田基成「行動療法 (総説シリーズ/心身症の最近の治療方法)」『心身医学』273、pp. 227–232、1987年
④福池厚子訳・作田学監修『喫煙の心理学―最新の認知行動療法で無理なくやめられる』産調出版、2007年(原著: Kristina Ivings "Free Yourself from Smoking: A 3-point Plan to Kill Nicotine Addiction" Kyle Cathie Ltd, 2006)
⑤酒井哲夫「ニコチン依存症に対する行動療法の動機づけ」『日本禁煙学会雑誌』5(5)、pp. 136–142、2010年
⑥ゆうきゆう『マンガで分かる心療内科 依存症編(酒・タバコ・薬物)』少年画報社、2016年
⑦稗田里香研究代表『アルコール依存症者のリカバリーを支援するソーシャルワーク実践ガイド』アルコールソーシャルワーク理論生成研究会、2014年
⑧サトウタツヤ・渡邊芳之『心理学・入門 ―心理学はこんなに面白い 改訂版』有斐閣、2019年
⑨藤澤大介研究代表『認知行動療法の共通基盤マニュアル』日本医療研究開発機構、2023年
⑩大野裕『こころのスキルアップ・プログラム 認知療法・認知行動療法の視点から』国立精神・神経医療センター 認知行動療法センター、2013年
⑪Ellis, A "How to live with a neurotic" Crown Publishers, 1957
⑫玉井仁・星井博文・深森あき『マンガでやさしくわかる認知行動療法』日本能率協会マネジメントセンター、2016年
⑬Burns, D. D "Feeling Good: The New Mood Therapy" William Morrow and Company, 1980
⑭厚生労働省「医科診療報酬点数表(令和4年)」2022年
★アドラー心理学とは何か"臨床心理学と自己啓発を整理する" 一覧はこちら
<前回>#7 共同体感覚:他者貢献と感謝の循環
https://note.com/gakumarui/n/n738695db8c69
<次回>#9 マインドフルネス:今ここを生きる
https://note.com/gakumarui/n/n9218f998c3f3
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