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過ぎたことは反省だけして次に行く

変えられないことを悩むより、変えられることに集中して次から次へと仕事をこなす、という話

先月の売上げの集計が上がってきた。

準備や段取りが多い月だったため、直接売上げに計上できた案件は少なかった感覚だった。月の大半をそうした下ごしらえに費やした場合、売上げとして計上されるのは次の月以降となる。

そうわかってはいたのだが、数字が悪かった。

原因こそわかっているし、ただの波の引いたタイミングと理解しているが目に飛び込んできた数字が久しぶりに見るちょっとヒヤッとする数字だったのだ。

おそらくここまでの月商は5年ぶりくらいではなかろうか。ただし、5年前と違うのはその数字に根拠があるという点だ。以前は一所懸命やってもそのくらいの月商を行ったり来たりで常に気持ちはヒリヒリと焦っていた。

その集計表を眺めて反省できる箇所は反省し、次の瞬間意識は進行中の仕事に飛ぶことにする。

久しぶりにやらかした数字を出してしまったことは考える必要がある。しかし、出してしまった過去は変えられないのだ。であるならば、その先の未来の仕事で挽回するほかない。

ありがたいことに挽回するだけの仕事もいただいている。

ただ時々、昔のトラウマに引っ張られそうになることがある。トラウマとは仕事がまったくなかった数年前の状況で、売上げは立たない、でも固定費の支払いや借金の返済期日がある月末までもう少し、常にお金のことばかり考えては頭を抱えていた時期のことである。

その当時のトラウマがたまに訪れるスポット的な閑散期などにフラッシュバックして焦りを引き起こすのだ。

当時に比べれば今は状況も一変し、だいぶ健全な経営に持ち直しているが、気を引き締める意味でも時々この様な感覚を思い出してふんどしを締め直すことも重要だろう。

ネガティブな感情は長いこと持っていてもいいことは何ひとつない。苦しかった当時、何が辛かったかといえば焦りや不安を引きずったまま、いくらでもそのネガティブな沼にはまり続けれるだけの時間があったのだ。

焦りと不安が最高潮に達したころ、半ば開き直りの精神から同じ時間を使うなら悩むより、解決できるかもしれない可能性に使おうと一念発起し、それからは悩むことを一切やめたのだ。

今では時間の使い方の大半はポジティブな可能性についてである。「なぜできなかったのか?」ではなく「どうしたら今後できるのか?」ということのみに意識を働かせている。

それでもうまくいかないことは多いし、失敗も未だに量産する。でもそれらは可能性を探った証であり、挑戦したあとの残りカスと捉えているので改良のための反省はしても悩んだりはしないのだ。

いちいち傷ついている場合ではないし、その先の成果のことを妄想したらそんな小さなつまずきは無かったに等しい。

今回の不名誉な月商であってもその先の月で何倍にもして返せば問題ない。跳躍の前に深くしゃがむように、勢いをつけるための減少と考えればいい。

書けば書く程、自分を鼓舞しているような痛々しい文章になってきたのでここら辺で今日はおしまいとする。

変えられることは変える努力をしましょう。変えられないことはそのまま受け入れましょう。起きてしまったことを嘆いているよりも、これから出来ることを皆で一緒に考えましょう           テレフォン人生相談








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