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我那覇剛柔丸短編集Ⅱ【妹は代理ミュンヒハウゼン症候群】

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短編集。随時追加していきます。
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モンテネグロの悪夢

 仕事の関係でコトルを訪れたのは三日前の夜だった。到着して間もなく、闇夜にライトアップされる城跡を見た。ホテルで休息を取り、翌朝目覚め、自然光を浴びる第二の姿を再度望んだ。周囲を岩山と海に覆われた町の景観。心震えるあの感覚は、未だに鮮明なままだった。旧市街には古い城壁が未だに残っており、ホテルの支配人からこの町が世界遺産に登録されていることを聞いたときは納得したものだ。  今回の仕事は余裕のある内容で、昨日の内にすべてが片付いた。今日はゆっくり羽を伸ばそうと、オルジャ広場のカ

ダークな伊藤

 美玖がケンジくんと別れる別れないで騒いで飲んで泣いて吐く。そんで寝る。いい気なもんだねと彼女の寝顔を見つめるマミ公がつぶやいて、美玖がぶちまけたおゲロをティッシュで拭っていた私はちょっと笑う。 「あれだけ暴れられるんなら心配ないね」  この発言に根拠なんてないのですが。  ことの発端はこうだった。美玖の生理が終わってさあやるぞってタイミングでケンジくんから誂え向きなお誘いがくる。もちろん美玖は喜んで腹筋と背筋とスクワットとV字ラインの手入れをしてからデート当日を迎え、ケンジ

A子の憂鬱は忘却の彼方に

 お昼休みは、この学校で一番大きな講堂で本を読む。照明は点いていないが活字を追う分には充分な光が窓から射しこんでいた。  この講堂は、席を全て埋めれば三百名ほどの人を収容できる。  でもこれから私が受ける講義には、いつもその半分以下しか集まらない。どの講義でもきっとそんなものなのだろう。  あと二十分で昼休みが終わる。そうすれば教授が現れ、講義が始まる。講堂の前から四列目に座る私の他には、わずか三名の学生の姿しか見当たらない。この大学の食堂は狭く、お昼休みになると決まって混雑

ユートピア R.I.P.

「ただいま!」と叫んだら奥からおまえがわざわざやってきて「おかえり~」という。「どうしたの」ときくと「は? 出迎えただけじゃん」と怒るからおれも怒る。「ありがとう」。手にさげたコンビニの袋には飲み物が二本入っていたけどたぶんおまえはこれをあまり気に入らないような気がしている。「これおみやげ」とかなんだかちょっと言いにくい。  台所の明かりはついていない。その奥にある畳み間の敷きっぱなしの布団の上におまえが座るからおれも隣に座る。その際に袋がゴソゴソ鳴るのでおまえは「なにかって