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理解して欲しいんじゃない、認めてもらいたいだけ(#シロクマ文芸部)

 卒業の前に、両親とはもう一度話し合いたいと思っている。
ぼくは大学を卒業と同時に、アルバイト生活に入る。何故かというと大学の軽音楽サークルから派生したバンド活動を優先して、メジャーデビューを目指すからだ。
 それを両親に打ち明けると、わかってはいたが猛反対をくらった。大学までいったのだから、ひとまず就職をして欲しいと、母は涙まで流しての懇願だった。
 無理もない。母は一人っ子の僕を、ハードな仕事と家事をこなしながら育ててくれた。塾や習い事も、僕が少しでも興味を持ったものは、将来の財産になるからと通わせてくれた。僕が幼い頃は、仕事を早めに繰り上げて急いで帰宅して、休む暇なく送迎をしてくれていた。
 父は、最近では働き方改革で帰宅も早くなったが僕が小学生頃までは深夜になることもしばしば。それでも休日になると、僕の為に時間を割いて接してくれた。中学高校と、サッカー部で試合がある時は、仕事を休んで応援してくれたし、スポーツや勉強で成果を出すと、誇らしいと言って喜んでくれた。
 とても優しくて、僕にとってはかけがえのない大切な両親だ。

 K大学に入学して、僕は先輩に勧められるままに軽音楽部に入部し、4人のグループを作った。僕は小学生の頃、少しだけビアノを習っていたからキーボード担当となった。やり始めると夢中になってしまって、自分達で曲作りまでできるようになると、路上演奏を繰り返したり、ライブハウスで力試しをしたり。そのうちインディーズで活動するまでに漕ぎ付けた。同級生達が就活するようになると、メンバーのひとりからこのままバンド活動を優先したいと打ち明けられた。その頃には僕も同じ気持ちで、両親の手前、就活も始めてはいたが気もそぞろで、全く身が入らない。
 ついに母から「どうするつもりなの?」と問い詰められ、意を決して正直な気持ちを打ち明けた。
 その時から僕と両親との、すれ違う感情を繕う日々が続くようになった。

 もともと勉強は嫌いだった。どちらかというと得意だったのかもしれないけど、子どもの頃は母の言う通り、何でもできることは挑戦した方が良いと思っていた。習い事もちょっと興味があるという程度で色々体験させてくれていた。それは自分の将来の為だし、何より母が喜んでくれているのが嬉しかった。仕事が大変だった時もあったようで、時々だけど父と夫婦喧嘩していたのも知っている。今のように男性が育児休暇を取るなんて時代じゃなかっただろうし、女が育児と家の事をするということも、まだ暗黙のルールになっていた時代だったと思う。
 それもこれも僕のせいなのかもって、どこかで感じていて、だから両親が僕のことで喜んだり笑っていてくれていることが嬉しかった。
 でも今は僕の気持ちを優先させて欲しい。

 母は「今は夢中になっているのだろうけど、将来きっと後悔する」と言う。
(今の自分の気持ちに目を背けることの方が、きっと後悔する)
 父は「就職してバンド活動を趣味で楽しむことだってできるだろう?」と言う。
(バンドを職業にしたいんだ、音楽が天職だって証明したいんだよ)

 母は「今まで何の為に頑張ってきたの?」と僕に問う。
(小さい頃は何もわからず、ママの為だったり自分の為だったり。だけどようやく打ち込めるものに出会ったんだよ)
 父は「終身雇用の時代じゃないが、一度企業で働いて経験を積んでおかないとつぶしが利かないぞ」と言う。
(ぼくは生涯音楽で生きていきたいんだ。失敗を見込んでの就職なんて何の意味があるの?)

 さらに母は「デビューできるのはほんのわずかな確率なのに、有名大学を出てまで、どうして成功の道を棒に振るの?」と言う。
(難しいのはわかっている。だけど挑戦したいんだ。会社員になることがママの言う成功なの?)
 そして父は「誰の為にママもパパも頑張ってきたと思っているんだ!」と声を荒げた。
(そんなことわかっているよ。全部僕の為だって言いたいんでしょ?)

 小さい頃はママたちが喜んでくれているのが一番の幸せだと感じていた。
 でも今の僕には夢がある。
 ママとパパは一生懸命育てた子どもが、人生の岐路で間違った道を選ぶのを正そうとしている。バンド活動も趣味で楽しめば良いじゃないかと言うけれど、それじゃダメなんだ。僕はパパが生きてきたような道は選べない。
 もちろん今まで何不自由なく育ててもらったことには感謝してもしきれないと思っている。
 でも僕は僕で、パパでもママでもない。
 僕が選んだことを理解して欲しいとは思っていないよ。
 理解して欲しいんじゃない、認めてもらいたい。 
 あなたたちとは考え方も価値観も違う僕という存在を、自分たちには理解できない息子がいるということを認めてもらいたいだけ。
 ただそれだけのことが、そんなに難しいかな?

 

締め切りに一日遅れてしまいました。
先週書いた『すれ違い』のぼくが、大学卒業を前に自己主張する場面を書きたくなり、かなり感情的な僕にしてしまいました💦
でもこうして親子で面と向かってぶつかり合うことで、次第に分かり合える時が来るのだと思います。


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